学問のすゝめ / 十六編・手近く独立を守ること・独立の義に縁なきように思わるることにも
品物につきての独立とは、世間の人が銘々に身代を持ち、銘々に家業を勤めて、他人の世話厄介にならぬよう、一身一家内の始末をすることにて、一口に申せば人に物を貰わぬという義なり。有形の独立は右のごとく目にも見えて弁じやすけれども、無形の精神の独立に至りては、その意味深く、その関係広くして、独立の義に縁なきように思わるることにもこの趣意を存して、これを誤るものはなはだ多し。細事ながら左にその一ヵ条を撮りてこれを述べん。
書き下し
品物につきての独立とは、世間の人が銘々に身代を持ち、銘々に家業を勤めて、他人の世話厄介にならぬよう、一身一家内の始末をすることにて、一口に申せば人に物を貰わぬという義なり。有形の独立は右のごとく目にも見えて弁じやすけれども、無形の精神の独立に至りては、その意味深く、その関係広くして、独立の義に縁なきように思わるることにもこの趣意を存して、これを誤るものはなはだ多し。細事ながら左にその一ヵ条を撮りてこれを述べん。
現代語訳
品物についての独立とは、世間の人がめいめいに財産を持ち、めいめいに家業を務めて、他人の世話や厄介にならないよう、一身一家の始末をすることで、一口に言えば人に物をもらわないという意味です。形のある独立は右のように目にも見えて分かりやすいのですが、形のない精神の独立に至っては、その意味が深く、その関わりが広くて、独立という意味に縁がないように思われることの中にもこの趣旨が含まれていて、これを誤る者が非常に多い。細かなことですが、次にその一か条を取り上げて述べましょう。
解説
二つの独立の性質が比べられます。品物の独立は目に見えるから分かりやすい。しかし精神の独立は意味が深く関わりが広く、一見関係なさそうな場面にも潜んでいる、と。だから誤る人が多いという指摘です。細かなことだが、と断って具体例に入る運びも丁寧で、抽象語をそのまま振り回さない書き方が十六編でも保たれています。
この章句が説くこと
有形無形深さ誤解具体
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