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後世への最大遺物 / 第二回・深いところにはことごとく音楽がある

われわれの心に鬱勃たる思想が籠もっておって、われわれが心のままをジョン・バンヤンがやったように綴ることができるならば、それが第一等の立派な文学であります。カーライルのいったとおり「何でもよいから深いところへ入れ、深いところにはことごとく音楽がある」。実にあなたがたの心情をありのままに書いてごらんなさい、それが流暢なる立派な文学であります。私自身の経験によっても私は文天祥がドウ書いたか、白楽天がドウ書いたかと思っていろいろ調べてしかる後に書いた文よりも、自分が心のありのままに、仮名の間違いがあろうが、文法に合うまいが、かまわないで書いた文の方が私が見ても一番良い文章であって、外の人が評してもまた一番良い文章であるといいます。

書き下し

われわれの心に鬱勃たる思想が籠もっておって、われわれが心のままを、ジョン・バンヤンがやったように綴ることができるならば、それが第一等の立派な文学であります。カーライルのいったとおり「何でもよいから深いところへ入れ、深いところにはことごとく音楽がある」。実に、あなたがたの心情をありのままに書いてごらんなさい、それが流暢なる立派な文学であります。私自身の経験によっても、私は文天祥がどう書いたか、白楽天がどう書いたかと思っていろいろ調べて、しかる後に書いた文よりも、自分が心のありのままに、仮名の間違いがあろうが、文法に合うまいが、かまわないで書いた文の方が、私が見ても一番良い文章であって、外の人が評してもまた一番良い文章であるといいます。

現代語訳

私たちの心に湧き上がる思想がこもっていて、それを心のまま、ジョン・バンヤンがやったように綴ることができるなら、それが第一等の立派な文学です。カーライルが言ったとおり、何でもよいから深いところへ入れ、深いところにはことごとく音楽がある。まさに、皆さんの心情をありのままに書いてごらんなさい。それが流れるような立派な文学です。私自身の経験からも、文天祥はどう書いたか、白楽天はどう書いたかとあれこれ調べてから書いた文章より、自分の心のままに、仮名が間違っていようが文法に合うまいが構わずに書いた文章のほうが、自分で見ても一番よく、他の人の評でも一番よいと言われます。

解説

カーライルの言葉、深いところにはことごとく音楽がある、が引かれます。表面を飾るのではなく深く掘れば、そこにおのずと調べが生まれるという意味です。そして内村は自分の執筆の経験を証拠に出す。手本を調べてから書いた文章より、そのまま書いた文章のほうが、自分の評価でも他人の評価でも良かった。主張の裏づけに自分の失敗を使うのが、この講演のやり方です。技巧の勉強が文章を良くするとは限らないという、書き手にとって痛い指摘でもあります。

この章句が説くこと

文学率直深さ技巧経験

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