驢鞍橋 / 卷中
問ふ、句能削意。此の意如何、答て曰く、意をせらは句を以てせられすして、何を以てせんや。又我意の足らさる處をも、句を以てこそ知らずんと也。問ふ、意能削句。此の意如何。答て曰く、我意の强い程、句の處は見ゆる也。問ふ、不落因果爲什麼墮野狐。答て曰く、不落と云ふた人の前には、きつかと因果あり。問ふ、不昧因果爲什麼脫野狐。答て曰く、不昧と云ふは、六道四生遊戯三昧の人也。けれう不落を救はん爲めに、語は不昧と云ふたぞ。
新字:問ふ、句能削意。此の意如何、答て曰く、意をせらは句を以てせられすして、何を以てせんや。又我意の足らさる処をも、句を以てこそ知らずんと也。問ふ、意能削句。此の意如何。答て曰く、我意の強い程、句の処は見ゆる也。問ふ、不落因果為什麼堕野狐。答て曰く、不落と云ふた人の前には、きつかと因果あり。問ふ、不昧因果為什麼脱野狐。答て曰く、不昧と云ふは、六道四生遊戯三昧の人也。けれう不落を救はん為めに、語は不昧と云ふたぞ。
書き下し
問ふ、句能く意を削る。此の意如何、答て曰く、意をせらは句を以てせられすして、何を以てせんや。又我意の足らさる処をも、句を以てこそ知らずんと也。問ふ、意能く句を削る。此の意如何。答て曰く、我意の強い程、句の処は見ゆる也。問ふ、因果に落ちず、什麼としてか野狐に堕す。答て曰く、不落と云ふた人の前には、きつかと因果あり。問ふ、因果を昧まさず、什麼としてか野狐を脱す。答て曰く、不昧と云ふは、六道四生遊戯三昧の人也。けれう不落を救はん為めに、語は不昧と云ふたぞ。
現代語訳
問うた。「句はよく意を削る、とはどういう意味ですか」。答えて言われた。「意を削るなら、句によって削らずに、何によって削ろうか。また自分の意の足りないところも、句によってこそ知るのであろう」。問うた。「意はよく句を削る、とはどういう意味ですか」。答えて言われた。「自分の意が強いほど、句の在りどころは見えてくるのである」。問うた。「『因果に落ちない』と言って、どうして野狐に堕ちたのですか」。答えて言われた。「『落ちない』と言った人の前には、きっちりと因果がある」。問うた。「『因果をくらまさない』と言って、どうして野狐を脱したのですか」。答えて言われた。「くらまさないというのは、六道四生の中を自在に遊ぶ人のことである。『不落』と答えた者を救うために、言葉としては『不昧』と言ったのだぞ」。
解説
この章句が説くこと
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