説苑 / 說叢
夫水出於山而入於海,稼生於田而藏於廩,聖人見所生則知所歸矣。
新字:夫水出於山而入於海,稼生於田而蔵於廩,聖人見所生則知所帰矣。
書き下し
夫れ水は山に出でて海に入り、稼は田に生じて廩に藏す。聖人は生ずる所を見れば則ち歸する所を知る。
現代語訳
そもそも水は山から湧き出て海に注ぎ、穀物は田に生じて倉に蓄えられる。聖人は物事の生じるところを見れば、その行き着く先を知ることができる。
解説
水が山から海へ、穀物が田から倉へと至る自然の摂理を例に、物事には始まりと終わりを貫く一貫した道理があることを説く章である。聖人はその起点を見ただけで終着点を見通せるという指摘は、原因と結果の連鎖を洞察する力の重要性を示している。現代の仕事においても、目先の一手がどのような結末につながるかを見抜く洞察力は、優れた判断力の土台となる。物事の始まりを見て、その帰結を予測できるかどうかが、凡人と達人を分ける分岐点である。
この章句が説くこと
因果洞察摂理
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