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驢鞍橋 / 卷中

又安心法門曰。若從事上得解者。氣力壯。從事中見法者。即處處不失念。從文字解解。氣力弱云云。一僧問ふ、此の誵訛子細に說示し玉へ。師云はく、從事上解得者とは、聞聲悟道見色明心の義か。是ば事上をはなれたり。從事中得法とは、柳には綠、花には紅と入り渡つた一佛性、眼に有ては見と云ひ、耳に有ては聞と云ふ、元是れ一精明、分れて六和合と成ると。此の道理より入たを云ふか。從文字解とは、喩は夢幻泡影の文を見ては、ひしと夢幻の意に徹したる位を云ふか。上手に文義をよく分けさせは、好く云はるゝ事もあらんずと也。

新字:又安心法門曰。若従事上得解者。気力壮。従事中見法者。即処処不失念。従文字解解。気力弱云云。一僧問ふ、此の誵訛子細に説示し玉へ。師云はく、従事上解得者とは、聞声悟道見色明心の義か。是ば事上をはなれたり。従事中得法とは、柳には緑、花には紅と入り渡つた一仏性、眼に有ては見と云ひ、耳に有ては聞と云ふ、元是れ一精明、分れて六和合と成ると。此の道理より入たを云ふか。従文字解とは、喩は夢幻泡影の文を見ては、ひしと夢幻の意に徹したる位を云ふか。上手に文義をよく分けさせは、好く云はるゝ事もあらんずと也。

書き下し

又安心法門に曰く。若し事上より解を得る者は、気力壮なり。事中より法を見る者は、即ち処処に念を失せず。文字より解し解する者は、気力弱し云云。一僧問ふ、此の誵訛子細に説示し玉へ。師云はく、従事上解得者とは、聞声悟道見色明心の義か。是ば事上をはなれたり。従事中得法とは、柳には緑、花には紅と入り渡つた一仏性、眼に有ては見と云ひ、耳に有ては聞と云ふ、元是れ一精明、分れて六和合と成ると。此の道理より入たを云ふか。従文字解とは、喩は夢幻泡影の文を見ては、ひしと夢幻の意に徹したる位を云ふか。上手に文義をよく分けさせは、好く云はるゝ事もあらんずと也。

現代語訳

また『安心法門』に言う。「もし事の上から理解を得る者は、気力が盛んである。事の中から法を見る者は、どこにいても念を失わない。文字から理解する者は、気力が弱い」。ある僧が問うた。「この入り組んだ所を詳しくお示しください」。師は言われた。「『事の上から理解を得る』とは、声を聞いて道を悟り、色を見て心を明らめるということか。これは事の上を離れている。『事の中から法を得る』とは、柳は緑、花は紅と、行きわたっている一つの仏性が、眼にあっては見ると言い、耳にあっては聞くと言う、もとは一つの精明が分かれて六つの感覚の和合となる、という道理から入ったものを言うのか。『文字から理解する』とは、たとえば夢幻泡影の経文を見て、ぴたりと夢幻の意に徹した境地を言うのか。巧みに文義をよく分けさせれば、うまく言えることもあるだろう」。

解説

『安心法門』も『少室六門集』に収められた達磨に仮託の書で、理解の入り口を事上・事中・文字の三つに分け、文字から入る者は気力が弱いとする。正三はそれぞれを、声や色に触れて悟ること、一つの仏性が見聞きの働きとなって現れる道理から入ること、経文の意に徹することとして解いた。最後に、文義をうまく分ければ言えることもある、と付け加えたのは、自分の説明もまた言葉の範囲だと断ったものだろう。同じ理解でも、体験から得たものと文字から得たものでは、いざという時の力が違う。学んだことを現場で確かめる大切さを思わせる一条だ。

この章句が説くこと

体験文字気力理解達磨仏性

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