驢鞍橋 / 卷中
德山未出關時。心憤々口悱々。便要滅南方魔子輩。出蜀及到路上。問婆子買點心。婆云。大德車子內是甚麼文字。山曰。金剛經抄疏。婆曰。只如經中道。過去心不可得。現在心不可得。未來心不可得。大德要點那箇心。山被婆子一問。直得口似匾擔。師向衆云ふ、德山に代て看よ。衆無語。師代て云ふ、不可得心亘三世養箇肉身。師又衆に云て曰く、爰に於て婆に代て看よ。一僧云ふ、養得臭骨董作甚麼。師肯之。便ち此の□者を經を以て抑へんと云て曰く、無眼耳鼻舌身意。無色聲香味觸法。
新字:徳山未出関時。心憤々口悱々。便要滅南方魔子輩。出蜀及到路上。問婆子買点心。婆云。大徳車子内是甚麼文字。山曰。金剛経抄疏。婆曰。只如経中道。過去心不可得。現在心不可得。未来心不可得。大徳要点那箇心。山被婆子一問。直得口似匾担。師向衆云ふ、徳山に代て看よ。衆無語。師代て云ふ、不可得心亘三世養箇肉身。師又衆に云て曰く、爰に於て婆に代て看よ。一僧云ふ、養得臭骨董作甚麼。師肯之。便ち此の□者を経を以て抑へんと云て曰く、無眼耳鼻舌身意。無色声香味触法。
書き下し
徳山未だ関を出でざる時、心憤々口悱々。便ち南方の魔子の輩を滅せんと要す。蜀を出でて路上に到るに及んで、婆子に問ひて点心を買ふ。婆云く。大徳の車子の内は是れ甚麼の文字ぞ。山曰く。金剛経の抄疏。婆曰く。只だ経中に道ふが如きは、過去心不可得、現在心不可得、未来心不可得と。大徳那箇の心をか点ぜんと要す。山婆子に一問せられて、直に口匾担に似たることを得たり。師衆に向て云ふ、徳山に代て看よ。衆語無し。師代て云ふ、不可得の心三世に亘りて箇の肉身を養ふ。師又衆に云て曰く、爰に於て婆に代て看よ。一僧云ふ、臭骨董を養ひ得て甚麼か作ん。師之を肯ふ。便ち此の□者を経を以て抑へんと云て曰く、眼耳鼻舌身意無く、色声香味触法無し。
現代語訳
徳山がまだ蜀の関を出ないころ、心は憤り、口は言いたいことで詰まっていた。そこで南方の悪魔のような禅僧どもを滅ぼしてやろうとした。蜀を出て道中に至ったとき、老婆に点心(軽食)を買おうとした。老婆は言った。「お坊さまの車の中の書物は何ですか」。徳山「金剛経の注釈書だ」。老婆「経の中に、過去の心は得られない、現在の心は得られない、未来の心は得られない、とあります。お坊さまはどの心に点じる(点心する)おつもりですか」。徳山は老婆に一問されて、口は天秤棒のように一文字に結ばれたまま何も言えなかった。師は僧たちに向かって言われた。「徳山に代わって言ってみよ」。僧たちは何も言わなかった。師は代わって言われた。「得られない心が三世にわたって、この肉身を養っている」。師はまた言われた。「ここで老婆に代わって言ってみよ」。ある僧は「臭い骨董品を養ってどうするのか」と言った。師はこれを認め、そしてこの(一字読めず)者を経で押さえ込もうと言って言われた。「眼耳鼻舌身意も無く、色声香味触法も無い」。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『養生訓』巻第六・択医一古人、医は意なりといへり。いふ意は、意精しければ、医道を知りてよく病を治す。医書多く読んでも、医道に志なく、意粗く工夫くはしからざれば、医道をしらず。病を治するに拙きは、医学せざるに同じ。医の良拙は、医術の精しきとあらきとによれり。されども、医書をひろく見ざれば、医道をくはしく知るべきやうなし。
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『碧巌録』第四則夾山三箇の点字を下す。諸人還た会すや。有る時は一茎草を将つて丈六の金身と作して用ひ、有る時は丈六の金身を将つて一茎草と作して用ふ。徳山本と是れ講僧、西蜀に在つて金剛経を講ず。教中に道ふに因る、「金剛喩定、後得智の中、千劫に仏の威儀を学び、万劫に仏の細行を学んで、然る後に成仏す」と。他の南方の魔子、便ち即心是仏と説く。遂に憤りを発し、疏鈔を担うて行脚し、直に南方に往いて、這の魔子の輩を破せんとす。看よ他の恁麼に憤りを発する、也た是れ箇の猛利底の漢なり。初め澧州に到り、路上に一婆子の油糍を売るを見て、遂に疏鈔を放下して、且く点心を買うて喫せんとす。婆云く、「載する所の者は是れ什麼ぞ」。徳山云く、「金剛経の疏鈔」。婆云く、「我に一問有り。爾若し答へ得ば、油糍を布施して点心と作さしめん。若し答へ得ずんば、別処に買ひ去れ」。徳山云く、「但だ問へ」。婆云く、「金剛経に云く、過去心不可得、現在心不可得、未来心不可得と。上座那箇の心をか点ぜんと欲す」。山無語。
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『墨子』經說下指す有り。子、是を智り、是れ吾が先に舉ぐる所を智る有るは、重なり。則ち子、是を智れども、吾が先に舉ぐる所を智らざるは、是れ一なり。智る有り、智らざる有りと謂うなり。若し之を智らば、則ち當に之を指して智るを我に告ぐべし。則ち我れ之を智る。兼ねて之を指すは二を以てなり。衡して之を指すは、參えて之を直くするなり。若し曰く、必ず獨り吾が舉ぐる所を指し、吾が舉げざる所を舉ぐること毋かれと。則ち者は固より獨り指す能わず、相わんと欲する所、傳わらず。意うに若し未だ校せずして、且つ其の智る所は是なり、智らざる所も是なりとせば、則ち是れ是の智らざるを智るなり。惡くんぞ一と為すを得ん。謂いて智る有り、智らざる有るなり。所。智るなり、其の執、固より指す可からざるなり。逃臣は、其の處を智らず。狗犬は、其の名を智らざるなり。遺れたる者は、巧なるも兩つながらする能わざるなり。
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『墨子』貴義子墨子曰く、今、瞽、「鉅なる者は白なり、黔なる者は黒なり」と曰う。眀目なる者と雖も以て之を易うる無し。白黒を兼ねて、瞽をして焉を取らしむれば、知る能わざるなり。故に我れ曰く、瞽の白黒を知らざるは、其の名を以てするに非ざるなり、其の取るを以てするなり。今、天下の君子の仁を名づくるや、禹湯と雖も以て之を易うる無し。仁と不仁とを兼ねて、天下の君子をして焉を取らしむれば、知る能わざるなり。故に我れ曰く、天下の君子の仁を知らざるは、其の名を以てするに非ざるなり、亦た其の取るを以てするなり。
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論語・子路篇子曰く、詩三百を誦し、之に授くるに政を以てして達せず。四方に使いして、専対する能わず。多しと雖も、亦た奚を以て為さん。
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論語・為政篇子曰く、由よ、女(なんじ)に之を知るを誨えんか。之を知るを之を知ると為し、知らざるを知らずと為す、是れ知るなり。
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