碧巌録 / 第四則
夾山下三箇點字。諸人還會麼。有時將一莖草。作丈六金身用。有時將丈六金身。作一莖草用。德山本是講僧。在西蜀講金剛經。因教中道。金剛喻定。後得智中。千劫學佛威儀。萬劫學佛細行。然後成佛。他南方魔子。便說即心是佛。遂發憤。擔疏鈔行脚。直往南方。破這魔子輩。看他恁麼發憤。也是箇猛利底漢。初到澧州。路上見一婆子賣油糍。遂放下疏鈔。且買點心喫。婆云。所載者是什麼。德山云。金剛經疏鈔。婆云。我有一問。爾若答得。布施油糍作點心。若答不得。別處買去。德山云。但問。婆云。金剛經云。過去心不可得。現在心不可得。未來心不可得。上座欲點那箇心。山無語。
新字:夾山下三箇点字。諸人還会麼。有時将一茎草。作丈六金身用。有時将丈六金身。作一茎草用。徳山本是講僧。在西蜀講金剛経。因教中道。金剛喩定。後得智中。千劫学仏威儀。万劫学仏細行。然後成仏。他南方魔子。便説即心是仏。遂発憤。担疏鈔行脚。直往南方。破這魔子輩。看他恁麼発憤。也是箇猛利底漢。初到澧州。路上見一婆子売油糍。遂放下疏鈔。且買点心喫。婆云。所載者是什麼。徳山云。金剛経疏鈔。婆云。我有一問。爾若答得。布施油糍作点心。若答不得。別処買去。徳山云。但問。婆云。金剛経云。過去心不可得。現在心不可得。未来心不可得。上座欲点那箇心。山無語。
書き下し
夾山三箇の点字を下す。諸人還た会すや。有る時は一茎草を将つて丈六の金身と作して用ひ、有る時は丈六の金身を将つて一茎草と作して用ふ。徳山本と是れ講僧、西蜀に在つて金剛経を講ず。教中に道ふに因る、「金剛喩定、後得智の中、千劫に仏の威儀を学び、万劫に仏の細行を学んで、然る後に成仏す」と。他の南方の魔子、便ち即心是仏と説く。遂に憤りを発し、疏鈔を担うて行脚し、直に南方に往いて、這の魔子の輩を破せんとす。看よ他の恁麼に憤りを発する、也た是れ箇の猛利底の漢なり。初め澧州に到り、路上に一婆子の油糍を売るを見て、遂に疏鈔を放下して、且く点心を買うて喫せんとす。婆云く、「載する所の者は是れ什麼ぞ」。徳山云く、「金剛経の疏鈔」。婆云く、「我に一問有り。爾若し答へ得ば、油糍を布施して点心と作さしめん。若し答へ得ずんば、別処に買ひ去れ」。徳山云く、「但だ問へ」。婆云く、「金剛経に云く、過去心不可得、現在心不可得、未来心不可得と。上座那箇の心をか点ぜんと欲す」。山無語。
現代語訳
夾山(圜悟)はここに三つの点を打った。お前たちはわかるか。ある時は一本の草を一丈六尺の金色の仏身として用い、ある時は一丈六尺の金色の仏身を一本の草として用いる。徳山はもともと講義をする学僧で、西蜀で金剛経を講じていた。経典に「金剛喩定を得た後の智慧の中で、千劫にわたって仏の威儀を学び、万劫にわたって仏の細やかな行いを学んで、その後に成仏する」とあることから、「南方の魔物どもが『心そのものが仏だ』と説いている」と、憤りを起こし、注釈書を担いで行脚し、まっすぐ南方へ行ってその魔物どもを打ち破ろうとした。彼がこのように憤りを起こしたのを見ると、やはり激しく鋭い男である。初めて澧州に着くと、道ばたで一人の老婆が油餅を売っているのを見て、注釈書を下ろし、ひとまず点心を買って食べようとした。老婆は言った。「背負っているのは何ですか」。徳山は言った。「金剛経の注釈書だ」。老婆は言った。「一つお尋ねしたいことがあります。もし答えられたら、油餅を差し上げて点心にしていただきましょう。答えられなければ、よそで買ってください」。徳山は言った。「問うてみよ」。老婆は言った。「金剛経には『過去の心は得られない、現在の心は得られない、未来の心は得られない』とあります。お坊さまはどの心に点じようとなさるのですか」。徳山は言葉がなかった。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『驢鞍橋』卷中徳山未だ関を出でざる時、心憤々口悱々。便ち南方の魔子の輩を滅せんと要す。蜀を出でて路上に到るに及んで、婆子に問ひて点心を買ふ。婆云く。大徳の車子の内は是れ甚麼の文字ぞ。山曰く。金剛経の抄疏。婆曰く。只だ経中に道ふが如きは、過去心不可得、現在心不可得、未来心不可得と。大徳那箇の心をか点ぜんと要す。山婆子に一問せられて、直に口匾担に似たることを得たり。師衆に向て云ふ、徳山に代て看よ。衆語無し。師代て云ふ、不可得の心三世に亘りて箇の肉身を養ふ。師又衆に云て曰く、爰に於て婆に代て看よ。一僧云ふ、臭骨董を養ひ得て甚麼か作ん。師之を肯ふ。便ち此の□者を経を以て抑へんと云て曰く、眼耳鼻舌身意無く、色声香味触法無し。
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『養生訓』巻第六・択医一古人、医は意なりといへり。いふ意は、意精しければ、医道を知りてよく病を治す。医書多く読んでも、医道に志なく、意粗く工夫くはしからざれば、医道をしらず。病を治するに拙きは、医学せざるに同じ。医の良拙は、医術の精しきとあらきとによれり。されども、医書をひろく見ざれば、医道をくはしく知るべきやうなし。
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『墨子』經說下指す有り。子、是を智り、是れ吾が先に舉ぐる所を智る有るは、重なり。則ち子、是を智れども、吾が先に舉ぐる所を智らざるは、是れ一なり。智る有り、智らざる有りと謂うなり。若し之を智らば、則ち當に之を指して智るを我に告ぐべし。則ち我れ之を智る。兼ねて之を指すは二を以てなり。衡して之を指すは、參えて之を直くするなり。若し曰く、必ず獨り吾が舉ぐる所を指し、吾が舉げざる所を舉ぐること毋かれと。則ち者は固より獨り指す能わず、相わんと欲する所、傳わらず。意うに若し未だ校せずして、且つ其の智る所は是なり、智らざる所も是なりとせば、則ち是れ是の智らざるを智るなり。惡くんぞ一と為すを得ん。謂いて智る有り、智らざる有るなり。所。智るなり、其の執、固より指す可からざるなり。逃臣は、其の處を智らず。狗犬は、其の名を智らざるなり。遺れたる者は、巧なるも兩つながらする能わざるなり。
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論語・子路篇子曰く、詩三百を誦し、之に授くるに政を以てして達せず。四方に使いして、専対する能わず。多しと雖も、亦た奚を以て為さん。
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論語・為政篇子曰く、由よ、女(なんじ)に之を知るを誨えんか。之を知るを之を知ると為し、知らざるを知らずと為す、是れ知るなり。
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『墨子』貴義子墨子曰く、今、瞽、「鉅なる者は白なり、黔なる者は黒なり」と曰う。眀目なる者と雖も以て之を易うる無し。白黒を兼ねて、瞽をして焉を取らしむれば、知る能わざるなり。故に我れ曰く、瞽の白黒を知らざるは、其の名を以てするに非ざるなり、其の取るを以てするなり。今、天下の君子の仁を名づくるや、禹湯と雖も以て之を易うる無し。仁と不仁とを兼ねて、天下の君子をして焉を取らしむれば、知る能わざるなり。故に我れ曰く、天下の君子の仁を知らざるは、其の名を以てするに非ざるなり、亦た其の取るを以てするなり。
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