驢鞍橋 / 卷中
卍庵和尙在徑山爲首座。無着未爲僧。惠舘方丈。庵常叱之。惠曰。彼雖婦人大有長處。庵不諾。慧抑令相見。庵不獲已通報。著曰。作佛法相見。世法相見。庵曰。佛法相見。著云。却去左右請師入。庵至帳前見。著寸糸不掛。仰臥於床。庵指曰。者裏是什麼去處。著曰。三世諸佛。六代祖師。天下老和尙皆從此中出。庵曰。還許老僧入否。著曰。者裏不度驢度馬。庵無語。著曰。與首座相見了也。遂轉身□。庵憾囉而出。師向衆云ふ、天下の老和尙も從此出と云ふ處に於いて、卍庵に代て看よ。衆無語。師便ち代て曰く、佛祖爲甚麼亦理致を以て答へんと云て、便ち云ふ、蓮華從淤泥出色猶鮮。取蓮華不取淤泥と也。
新字:卍庵和尚在径山為首座。無着未為僧。恵舘方丈。庵常叱之。恵曰。彼雖婦人大有長処。庵不諾。慧抑令相見。庵不獲已通報。著曰。作仏法相見。世法相見。庵曰。仏法相見。著云。却去左右請師入。庵至帳前見。著寸糸不掛。仰臥於床。庵指曰。者裏是什麼去処。著曰。三世諸仏。六代祖師。天下老和尚皆従此中出。庵曰。還許老僧入否。著曰。者裏不度驢度馬。庵無語。著曰。与首座相見了也。遂転身□。庵憾囉而出。師向衆云ふ、天下の老和尚も従此出と云ふ処に於いて、卍庵に代て看よ。衆無語。師便ち代て曰く、仏祖為甚麼亦理致を以て答へんと云て、便ち云ふ、蓮華従淤泥出色猶鮮。取蓮華不取淤泥と也。
書き下し
卍庵和尚、径山に在りて首座為り。無着未だ僧為らず。恵、方丈に館す。庵常に之を叱す。恵曰く。彼婦人なりと雖も大いに長処有り。庵諾せず。慧抑へて相見せしむ。庵已むことを獲ずして通報す。著曰く。仏法の相見を作さんか。世法の相見か。庵曰く。仏法の相見。著云く。左右を却去して師の入るを請ふ。庵帳前に至りて見るに、著寸糸も掛けず、床に仰臥す。庵指して曰く。者裏は是れ什麼の去処ぞ。著曰く。三世の諸仏、六代の祖師、天下の老和尚、皆此の中より出づ。庵曰く。還た老僧の入るを許すや否や。著曰く。者裏は驢を度し馬を度せず。庵語無し。著曰く。首座と相見し了れり。遂に身を転じて□。庵憾囉して出づ。師衆に向て云ふ、天下の老和尚も此より出づと云ふ処に於いて、卍庵に代て看よ。衆語無し。師便ち代て曰く、仏祖甚麼の為にか亦理致を以て答へんと云て、便ち云ふ、蓮華淤泥より出でて色猶ほ鮮かなり。蓮華を取りて淤泥を取らずと也。
現代語訳
卍庵和尚が径山で首座を務めていたころ、無著はまだ出家しておらず、大慧の方丈に身を寄せていた。卍庵はいつも彼女を叱っていた。大慧は言った。「あの人は女性だが、大いに優れたところがある」。卍庵は納得しなかった。大慧は無理に二人を会わせた。卍庵はやむを得ず取り次ぎを頼んだ。無著は言った。「仏法として会いますか、世間の作法で会いますか」。卍庵「仏法として会う」。無著「お付きの者を下がらせて、師にお入りいただきなさい」。卍庵が帳の前まで行くと、無著は一糸まとわず寝台に仰向けに横たわっていた。卍庵は指さして言った。「ここはどういう所か」。無著「三世の諸仏も、六代の祖師も、天下の老和尚も、みなここから出てきたのです」。卍庵「では老僧が入ることを許すか」。無著「ここはロバも馬も通しません」。卍庵は言葉がなかった。無著「首座とのお目見えはこれで済みました」。そして身を翻した(一字読めず)。卍庵は悔しがって出ていった。師は僧たちに向かって言われた。「天下の老和尚もここから出たと言うところで、卍庵に代わって言ってみよ」。僧たちは何も言わなかった。師は代わって、「仏祖がどうしてまた理屈で答えようか」と言い、そして言われた。「蓮華は泥から出ても色はなお鮮やかである。蓮華を取って泥は取らない」。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『驢鞍橋』卷中師□□曰く、此の前、関東の去る渡にて、禅僧出舟を喚ふ。船中に浄土の上人あり曰く、達磨の如くなんそ芦の葉に乗り来らざる。僧無語。又其僧追付き、終に上人を把住して曰く、汝善導の如く三尊の弥陀を吹け、我蘆に乗るへし。時に上人南無阿弥陀仏と三度吹く。僧又無語。是れ二重の敗闘也。此の僧に代て云つて看よ。衆無語。師呵して曰く法のすべ悪しきに仍て云はれすと云つて便ち代て曰く、我は達磨の直指人心見性成仏の道を学ぶ也。更に有相の神通を学ばす。其方は、成仏の道を忘れ、神通奇特を增ひめさる那、愚な人世と云はんすと也。
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『驢鞍橋』卷中師語て曰く、此の堺に無の見に落ちたる者あり。沢庵和尚是れを破するに歌一首を以てす、「過去もなく未来もなしといふ人のいづくより来て此世には住む」とよめり。此の歌禅僧の歌といはれす、禅の手段と云ふは、直につゝけてひしと意に当る様に云ふもの也と云つて、便ち云はく、過去もなく未来もなしといふ人の此世を有りと見るはそも誰そ。
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『無門関』第二十三則 不思善惡六祖、明上座の趁(お)ひて大庾嶺に至るに因る。祖、明の至るを見て、即ち衣缽を石上に擲(なげう)ちて云く、「此の衣は信を表す。力を以て爭ふ可けんや。君が將(も)ち去るに任す」。明遂に之を舉ぐるに、山の如く動かず。踟躕(ちちゅう)悚慄(しょうりつ)す。明曰く、「我れ法を求めに來る。衣の爲に非ざるなり。願はくは行者開示せよ」。祖云く、「善を思はず惡を思はず、正に與麼(いんも)の時、那箇(なこ)か是れ明上座が本來の面目」。明當下に大悟し、遍體に汗流る。泣淚して禮を作して問ひて曰く、「上來の密語密意の外、還た更に意旨有りや否や」。祖曰く、「我れ今汝が爲に說く者は、即ち密に非ざるなり。汝若し自己の面目を返照せば、密は卻って汝が邊に在り」。明云く、「某甲、黃梅に在りて眾に隨ふと雖も、實に未だ自己の面目を省せず。今指授の入處を蒙る。人の水を飲みて冷暖自ら知るが如し。今行者は即ち是れ某甲が師なり」。祖云く、「汝若し是の如くんば、則ち吾と汝と同じく黃梅を師とせん。善く自ら護持せよ」。
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『驢鞍橋』卷下一日、去る女人来り曰く、我志は少し候へども、無智なるに仍て修行成し得すと云ふ。示して曰く、扨ても能き性哉、後世を願ふには、只土が好き也。智恵才覚も入らす、知つたほどのことは皆怨也。只一切の上に於て、我を捨て習ふこと一つ也。因に云ふ爰に去る女人有り、無智とこそ云へ、中々土な性なりけるが、我物語を聞き頓て真実起りたり。扨ても拙なき女人と成り、様々の悪念を胸に持て居ること哉。頓て死すべきが、此の念を離れず、此の儘死すべきかと思ふより、心切に成り、昼夜勤められければ、ひしと死苦に責め詰められ、大事一片と成り、姥共を集め、高念仏抔申し、万事を打忘て居る不思議の女仏法者有り、結句土の性が思付て好き也。其方も勢を出されよと也。
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『六祖壇経』機縁品第七師曰く、「甚麼物か恁麼(いんも)に来る」と。曰く、「一物を説似すれば即ち中らず」と。師曰く、「還つて修証すべきや否や」と。曰く、「修証は即ち無きにあらず、染汚することは即ち得ず」と。師曰く、「只だ此の染汚せざる、諸仏の護念したまふ所なり。汝既に是くの如し、吾も亦た是くの如し」と。譲豁然として契会し、遂に左右に執侍すること一十五載、日に玄奥に臻る。後に南岳に往きて、大いに禅宗を闡く。勅して大慧禅師と諡す。永嘉玄覚禅師は、温州戴氏の子なり。少くして経論を習ひ、天台の止観の法門に精し。維摩経を看るに因りて、心地を発明す。偶ま師の弟子玄策相訪ひ、与に劇談するに、出言暗に諸祖に合す。策云く、「仁者法を得たる師は誰ぞ」と。曰く、「我方等の経論を聴くに、各師承有り。後に維摩経に於て、仏心宗を悟るも、未だ証明する者有らず」と。策云く、「威音王已前は即ち得たり、威音王已後、師無くして自ら悟るは、尽く是れ天然外道なり」と。云く、「願はくは仁者我が為に証拠せよ」と。策云く、「我が言は軽し。曹溪に六祖大師有り、四方雲集す、並びに是れ法を受くる者なり。若し去らば、則ち与に偕に行かん」と。覚遂に策と同に来り参じ、師を繞ること三匝、錫を振りて立つ。師曰く、「夫れ沙門は、三千の威儀、八万の細行を具ふ。大徳何れの方よりか来りて、大我慢を生ずる」と。
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『驢鞍橋』卷下一日、去る和尚の処に至り給ふ。彼の和尚折節近里の長老衆七八人を集て正宗賛を講釈し給ふ。和尚対話の次に曰く、正三此の長老衆の為めに後生物語し給へ。師曰く、なに禅門が御長老達に後世相談申さんや。和尚曰く、いやうばかかに語るやうに語り給へ、師曰く、さらばの言に付て申すべし。何れもは姥かかに非すと思召すか。耳より取り籠んだることを取りのけ、跡を算用して御覧せよ、惜いも貪いも、憎いも愛いも、うばかゝに替るべからす。只物知りたるうばかと思召すと有りければ、長老大に非を知られたり。
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