驢鞍橋 / 卷下
一日、去る和尙の處に至り給ふ。彼の和尙折節近里の長老衆七八人を集て正宗賛を講釋し給ふ。和尙對話の次に曰く、正三此の長老衆の爲めに後生物語し給へ。師曰く、なに禪門が御長老達に後世相談申さんや。和尙曰く、いやうばかかに語るやうに語り給へ、師曰く、さらばの言に付て申すべし。何れもは姥かかに非すと思召すか。耳より取り籠んだることを取りのけ、跡を算用して御覽せよ、惜いも貪いも、憎いも愛いも、うばかゝに替るべからす。只物知りたるうばかと思召すと有りければ、長老大に非を知られたり。
新字:一日、去る和尚の処に至り給ふ。彼の和尚折節近里の長老衆七八人を集て正宗賛を講釈し給ふ。和尚対話の次に曰く、正三此の長老衆の為めに後生物語し給へ。師曰く、なに禅門が御長老達に後世相談申さんや。和尚曰く、いやうばかかに語るやうに語り給へ、師曰く、さらばの言に付て申すべし。何れもは姥かかに非すと思召すか。耳より取り籠んだることを取りのけ、跡を算用して御覧せよ、惜いも貪いも、憎いも愛いも、うばかゝに替るべからす。只物知りたるうばかと思召すと有りければ、長老大に非を知られたり。
書き下し
一日、去る和尚の処に至り給ふ。彼の和尚折節近里の長老衆七八人を集て正宗賛を講釈し給ふ。和尚対話の次に曰く、正三此の長老衆の為めに後生物語し給へ。師曰く、なに禅門が御長老達に後世相談申さんや。和尚曰く、いやうばかかに語るやうに語り給へ、師曰く、さらばの言に付て申すべし。何れもは姥かかに非すと思召すか。耳より取り籠んだることを取りのけ、跡を算用して御覧せよ、惜いも貪いも、憎いも愛いも、うばかゝに替るべからす。只物知りたるうばかと思召すと有りければ、長老大に非を知られたり。
現代語訳
ある日、ある和尚のところに行かれた。その和尚はちょうど近在の長老衆七、八人を集めて『正宗賛』を講釈しておられた。和尚は対話のついでに言われた。正三、この長老衆のために後生の話をしてください。師は言われた。何の、禅門が御長老たちに後世の相談を申し上げましょうか。和尚は言われた。いや、婆さんに語るように語ってください。師は言われた。それなら、その言葉に従って申しましょう。皆さまは婆さんではないとお思いか。耳から取り込んだことを取り除いて、残りを算用してご覧なさい。惜しいも貪りも、憎いも愛しいも、婆さんと変わりはないだろう。ただ物を知っている婆さんだとお思いなさい、とあったので、長老たちは大いに非を知られた。
解説
この章句が説くこと
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論語・為政篇子曰く、由よ、女(なんじ)に之を知るを誨えんか。之を知るを之を知ると為し、知らざるを知らずと為す、是れ知るなり。
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『墨子』貴義子墨子曰く、今、瞽、「鉅なる者は白なり、黔なる者は黒なり」と曰う。眀目なる者と雖も以て之を易うる無し。白黒を兼ねて、瞽をして焉を取らしむれば、知る能わざるなり。故に我れ曰く、瞽の白黒を知らざるは、其の名を以てするに非ざるなり、其の取るを以てするなり。今、天下の君子の仁を名づくるや、禹湯と雖も以て之を易うる無し。仁と不仁とを兼ねて、天下の君子をして焉を取らしむれば、知る能わざるなり。故に我れ曰く、天下の君子の仁を知らざるは、其の名を以てするに非ざるなり、亦た其の取るを以てするなり。
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『正法眼蔵随聞記』巻二其れをもの知らぬはわるしと、人も思ひ、愚人と自らも覚ゆる事を傷んで、ものを知らんとて、博く内外典を学し、剰さへ世間世俗の事をも知らんと思ふて、諸事を好み学し、あるひは人にも知りたる由をもてなすは、究めて僻事なり、学道のため真実に無用なり、知りたるを知らざる気色するもむつかしくやうがましければ、却てあたる気色にてあしきなり、本とより知らざらんは苦るしからざることなり、
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『墨子』經說下指す有り。子、是を智り、是れ吾が先に舉ぐる所を智る有るは、重なり。則ち子、是を智れども、吾が先に舉ぐる所を智らざるは、是れ一なり。智る有り、智らざる有りと謂うなり。若し之を智らば、則ち當に之を指して智るを我に告ぐべし。則ち我れ之を智る。兼ねて之を指すは二を以てなり。衡して之を指すは、參えて之を直くするなり。若し曰く、必ず獨り吾が舉ぐる所を指し、吾が舉げざる所を舉ぐること毋かれと。則ち者は固より獨り指す能わず、相わんと欲する所、傳わらず。意うに若し未だ校せずして、且つ其の智る所は是なり、智らざる所も是なりとせば、則ち是れ是の智らざるを智るなり。惡くんぞ一と為すを得ん。謂いて智る有り、智らざる有るなり。所。智るなり、其の執、固より指す可からざるなり。逃臣は、其の處を智らず。狗犬は、其の名を智らざるなり。遺れたる者は、巧なるも兩つながらする能わざるなり。
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『呻吟語』内篇・存心・知識は、帝則の賊なり知識は、帝則の賊なり。惟だ知識を忘れて以て帝則に任ず、此れを天真と謂ひ、此れを自然と謂ふ。一たび念を著くれば便ち乖違し、愈〻念を著くれば愈〻乖違す。乍ち見るの心一刻歇息すれば、別に是れ一個の光景なり。