驢鞍橋 / 卷下
一日、去る女人來り曰く、我志は少し候へども、無智なるに仍て修行成し得すと云ふ。示して曰く、扨ても能き性哉、後世を願ふには、只土が好き也。智惠才覺も入らす、知つたほどのことは皆怨也。只一切の上に於て、我を捨て習ふこと一つ也。因に云ふ爰に去る女人有り、無智とこそ云へ、中々土な性なりけるが、我物語を聞き頓て眞實起りたり。扨ても拙なき女人と成り、樣々の惡念を胸に持て居ること哉。頓て死すべきが、此の念を離れず、此の儘死すべきかと思ふより、心切に成り、晝夜勤められければ、ひしと死苦に責め詰められ、大事一片と成り、姥共を集め、高念佛抔申し、萬事を打忘て居る不思議の女佛法者有り、結句土の性が思付て好き也。其方も勢を出されよと也。
新字:一日、去る女人来り曰く、我志は少し候へども、無智なるに仍て修行成し得すと云ふ。示して曰く、扨ても能き性哉、後世を願ふには、只土が好き也。智恵才覚も入らす、知つたほどのことは皆怨也。只一切の上に於て、我を捨て習ふこと一つ也。因に云ふ爰に去る女人有り、無智とこそ云へ、中々土な性なりけるが、我物語を聞き頓て真実起りたり。扨ても拙なき女人と成り、様々の悪念を胸に持て居ること哉。頓て死すべきが、此の念を離れず、此の儘死すべきかと思ふより、心切に成り、昼夜勤められければ、ひしと死苦に責め詰められ、大事一片と成り、姥共を集め、高念仏抔申し、万事を打忘て居る不思議の女仏法者有り、結句土の性が思付て好き也。其方も勢を出されよと也。
書き下し
一日、去る女人来り曰く、我志は少し候へども、無智なるに仍て修行成し得すと云ふ。示して曰く、扨ても能き性哉、後世を願ふには、只土が好き也。智恵才覚も入らす、知つたほどのことは皆怨也。只一切の上に於て、我を捨て習ふこと一つ也。因に云ふ爰に去る女人有り、無智とこそ云へ、中々土な性なりけるが、我物語を聞き頓て真実起りたり。扨ても拙なき女人と成り、様々の悪念を胸に持て居ること哉。頓て死すべきが、此の念を離れず、此の儘死すべきかと思ふより、心切に成り、昼夜勤められければ、ひしと死苦に責め詰められ、大事一片と成り、姥共を集め、高念仏抔申し、万事を打忘て居る不思議の女仏法者有り、結句土の性が思付て好き也。其方も勢を出されよと也。
現代語訳
ある日、ある女性が来て言った。私は志は少しありますが、無智なので修行ができません、と言う。示して言われた。さても良い性分だな。後世を願うには、ただ土のような人がよい。智慧も才覚も要らない。知っているほどのことは、みな怨である。ただ一切の上で、我を捨てることを習う、その一つである。ついでに言われた。ここにある女性がいる。無智とはいえ、なかなか土のような性分であったが、私の話を聞いて、やがて真実が起こった。さても拙い女性となって、さまざまな悪念を胸に持っていることだな。やがて死ぬはずなのに、この念を離れず、このまま死ぬのかと思うところから、心が切実になり、昼夜勤められたので、ひしと死苦に責め詰められ、大事一片となり、老婆たちを集めて高声で念仏などを申し、万事を打ち忘れている、不思議な女の仏法者がいる。かえって土の性分が思いついて、良いのである。あなたも精を出されよ、と。
解説

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