立正安国論 / 『立正安国論』経文を重ねて示す
大集經云若有國王於無量世修施戒慧見我法滅捨不擁護如是所種無量善根悉皆滅失乃至其王不久當遇重病壽終之後生大地獄中如王夫人太子大臣城主村主郡主宰官亦復如是仁王經云人壞佛教無復孝子六親不和天神不祐疾疫惡鬼日來侵害災怪首尾連禍縱橫死入地獄餓鬼畜生若出爲人兵奴果報如響如影如人夜書火滅字存三界果報亦復如是法華經第二云若人不信毀謗此經乃至其人命終入阿鼻獄又同第七巻不輕品云千劫於阿鼻地獄受大苦惱涅槃經云遠離善友不聞正法住惡法者是因緣故沉沒在於阿鼻地獄所受身形縱橫八萬四千廣披衆經專重謗法
新字:大集経云若有国王於無量世修施戒慧見我法滅捨不擁護如是所種無量善根悉皆滅失乃至其王不久当遇重病寿終之後生大地獄中如王夫人太子大臣城主村主郡主宰官亦復如是仁王経云人壊仏教無復孝子六親不和天神不祐疾疫悪鬼日来侵害災怪首尾連禍縦横死入地獄餓鬼畜生若出為人兵奴果報如響如影如人夜書火滅字存三界果報亦復如是法華経第二云若人不信毀謗此経乃至其人命終入阿鼻獄又同第七巻不軽品云千劫於阿鼻地獄受大苦悩涅槃経云遠離善友不聞正法住悪法者是因縁故沈没在於阿鼻地獄所受身形縦横八万四千広披衆経専重謗法
書き下し
大集経に云く、若し国王有って、無量世に於て施戒慧を修せんに、我が法の滅せんを見て捨てて擁護せずんば、是くの如く種うる所の無量の善根悉く皆な滅失し、乃至其の王不久しくして当に重病に遇い、寿終の後、大地獄の中に生ずべし。王の如く夫人・太子・大臣・城主・村主・郡主・宰官も亦復た是くの如し、と。仁王経に云く、人仏教を壊らば復た孝子無く、六親不和にして天神祐けず、疾疫悪鬼日に来たりて侵害し、災怪首尾し、連禍縦横し、死して地獄・餓鬼・畜生に入らん。若し出でて人と為らば、兵奴の果報あり。響きの如く影の如し。人の夜書くに、火滅すれども字は存するが如く、三界の果報も亦復た是くの如し、と。法華経第二に云く、若し人信ぜずして此の経を毀謗せば、乃至其の人命終して阿鼻獄に入らん、と。又同じき第七巻不軽品に云く、千劫阿鼻地獄に於て大苦悩を受く、と。涅槃経に云く、善友を遠離し正法を聞かず、悪法に住する者は、是の因縁の故に沈没して阿鼻地獄に在り、受くる所の身形は縦横八万四千なり、と。広く衆経を披くに専ら謗法を重んず。
現代語訳
大集経には、次のようにあります。もし国王が、はかり知れない長い世にわたって布施・持戒・智慧を修めても、わが法が滅びようとするのを見て、これを捨てて守らなければ、そうして積んだ無量の善根はことごとく失われ、さらにはその王は間もなく重い病にかかり、命が終わった後には大地獄に生まれるであろう。国王だけでなく、夫人・太子・大臣・城主・村主・郡主・役人もまた同じである、と。仁王経には、人が仏の教えを壊せば、親孝行の子はなくなり、六親は不和となり、天の神は助けず、疫病や悪鬼が日ごとに来て害し、怪異が相次ぎ、災いが入り乱れ、死んで地獄・餓鬼・畜生に入るであろう。もし出て人間となっても、兵士や奴隷の果報を受ける。その報いは響きのように、影のようにすぐに現れる。人が夜に書くとき、灯が消えても字は残るように、三界の果報もまた同じである、とあります。法華経第二には、もし人が信じずにこの経を謗れば、さらにはその人は命が終わって阿鼻地獄に入るであろう、とあります。また同じく第七巻の不軽品には、千劫のあいだ阿鼻地獄で大きな苦しみを受ける、とあります。涅槃経には、善き友を遠ざけ正法を聞かず、悪法に住する者は、この因縁によって沈んで阿鼻地獄にあり、その受ける身の大きさは縦横八万四千である、とあります。広く多くの経典を開いてみると、どれもひたすら謗法を重大な罪とみなしています。
解説

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立正安国論・『立正安国論』大集経 三不祥と客の迷い大集経に云く、若し国王有りて、無量世に於いて施戒慧を修せんも、我が法の滅せんと欲するを見て、捨てて擁護せずんば、是の如く種うる所の無量の善根、悉く皆な滅失し、其の国に当に三の不祥の事有るべし。一には穀貴、二には兵革、三には疫病なり。一切の善神悉く之を捨離せば、其の王の教令、人随従せず、常に隣国の為に侵嬈せられ、暴火横さまに起こり、悪き風雨多く、暴水増長し、人民を吹き漂わし、内外の親戚其れ共に謀叛せん。其の王久しからずして当に重病に遇い、寿終わるの後、大地獄の中に生ぜん。乃至王の夫人、太子、大臣、城主、村主、郡守、宰官も亦復た是の如し。夫れ四経の文は朗らかなり、万人誰か疑わん。而るに盲瞽の輩、迷惑の人、妄りに邪説を信じて、正教を弁えず。故に天下世上、諸仏衆経に於いて、捨離の心を生じ、擁護の志無し。仍って善神聖人、国を捨て所を去る。是を以て悪鬼外道、災いを成し難を致す。
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立正安国論・『立正安国論』謗法を断つ根拠法華経に云く、若し人信ぜずして此の経を毀謗せば、即ち一切世間の仏種を断ず、乃至其の人命終して阿鼻獄に入らん、と。夫れ経文顕然なり、私の詞何ぞ加えん。凡そ法華経の如きは、大乗経典を謗ずる者は無量の五逆に勝れり、故に阿鼻大城に堕ちて、求むるに出づる期無し。涅槃経の如きは、設い五逆の供をば許すとも、謗法の施をば許さず。蟻子を殺す者は必ず三悪道に落ち、謗法を禁ずる者は定めて不退の位に登る。所謂覚徳は是れ迦葉仏、有徳は則ち釈迦文なり。法華涅槃の経教は、一代五時の肝心なり。其の禁、実に重し、誰か帰仰せざらんや。而るに謗法の族、正道を忘るるの人、剰え法然の選択に依り、弥いよ愚癡の盲瞽を増す。是を以て或は彼の遺体を忍びて木画の像を露わし、或は其の妄説を信じて莠言の模を彫り、之を海内に弘め、之を郭外に翫ぶ。仰ぐ所は則ち其の家風、施す所は則ち其の門弟なり。然る間、或は釈迦の手の指を切りて弥陀の印相を結び、或は東方如来の雁宇を改めて西土教主の鵝王を居え、或は四百余廻の如法経を止めて西方浄土の三部経を成し、或は天台大師の講を停めて善導の講と為す。此くの如き群類、其の誠に尽くし難し。是れ仏を破するに非ずや、是れ法を破するに非ずや、是れ僧を破するに非ずや。此の邪義は則ち選択に依るなり。嗟呼悲しきかな、如来誠諦の禁言に背くこと。哀れなるかな、愚侶迷惑の麁語に随うこと。早く天下の静謐を思わば、須く国中の謗法を断つべし。
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立正安国論・『立正安国論』悪侶を戒める経文の連引主人喩えて曰わく、仏閣は甍を連ね、経蔵は軒を並べ、僧は竹葦の如く、侶は稲麻に似たり。崇重年に旧り、尊貴日に新たなり。但し法師は諂曲にして人倫を迷惑し、王臣は覚らずして邪正を弁ずること無し。仁王経に云わく、「諸の悪比丘、多く名利を求め、国王・太子・王子の前に於て、自ら破仏法の因縁、破国の因縁を説く。其の王別たずして、此の語を信聴し、横に法制を作りて、仏戒に依らず。是れを破仏破国の因縁と為す」と。涅槃経に云わく、「菩薩は悪象等に於ては心に恐怖すること無かれ、悪知識に於ては怖畏の心を生ず。悪象の為に殺されては三趣に至らず、悪友の為に殺されては必ず三趣に至る」と。法華経に云わく、「悪世の中の比丘は、邪智にして心諂曲に、未だ得ざるを為れ得たりと謂い、我慢の心充満せん。或いは阿練若に納衣にして空閑に在り、自ら真の道を行ずと謂いて、人間を軽賤する者有らん。利養に貪著するが故に、白衣の与に法を説いて、世に恭敬せらるること、六通の羅漢の如くならん。乃至 常に大衆の中に在りて、我等を毀らんと欲するが故に、国王・大臣・婆羅門・居士、及び余の比丘衆に向かいて、誹謗して我が悪を説いて、是れ邪見の人、外道の論議を説くと謂わん。濁劫悪世の中には、多く諸の恐怖有らん。悪鬼其の身に入りて、我を罵詈毀辱せん。濁世の悪比丘は、仏の方便、宜しきに随って説きたまう所の法を知らず、悪口して顰蹙し、数数擯出せられん」と。涅槃経に云わく、「我涅槃して後、無量百歳、四道の聖人悉く復た涅槃せん。正法滅して後、像法の中に於て、当に比丘有るべし。像の律を持つに似て、少しく経を読誦し、飲食を貪嗜して、其の身を長養す。袈裟を著すと雖も、猶お猟師の細めに視て徐に行くが如く、猫の鼠を伺うが如し。常に是の言を唱えん、我羅漢を得たりと。外には賢善を現じ、内には貪嫉を懐く。啞法を受けたる婆羅門等の如し。実には沙門に非ずして、沙門の像を現じ、邪見熾盛にして正法を誹謗せん」と。文に就いて世を見るに、誠に以て然なり。誡めずんば、悪侶は豈に善事を成さんや。
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立正安国論・『立正安国論』大集経 仏法隠没の相大集経に云く、仏法実に隠没せば、鬚髪爪皆長じ、諸法も亦た忘失せん。当時、虚空の中に大声あり、地を震わして一切皆な偏動すること、猶お水上の輪の如くならん。城壁破れ落ち、屋宇悉く圯け坼け、樹林の根枝葉華菓薬尽く、唯だ浄居天を除きて、欲界の一切の処の七味三精気、損減して余り有ること無く、解脱の諸善論も当時一切尽きん。生ずる所の華菓の味わい希少にして亦た美からず。諸有る井泉池、一切尽きて枯渇し、土地悉く鹹鹵にして、剖裂して丘澗と成り、諸山皆な焦燃し、天龍雨を降らさず、苗稼皆な枯死し、生ずる者皆な死に尽くして、余草更に生ぜず。雨土皆な昏闇にして、日月明を現ぜず、四方皆な亢旱にして、数しば諸の悪瑞を現ず。十不善業道、貪瞋癡倍増し、衆生父母に於いて、之を観ること獐鹿の如くならん。衆生及び寿命、色力威楽減じ、人天の楽を遠離して、皆な悉く悪道に堕せん。是の如き不善業の悪王、悪比丘、我が正法を毀壊し、天人の道を損減せば、諸天善神、王の悲愍衆生者、此の濁悪の国を棄てて、皆な悉く余方に向かわん。
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立正安国論・『立正安国論』正法を国王に付属する仁王経に云く、仏、波斯匿王に告ぐ、是の故に諸の国王に付属して、比丘・比丘尼に付属せず。何を以ての故に。王の威力無きが故に、と。涅槃経に云く、今無上の正法を以て諸王・大臣・宰相及び四部の衆に付属す。正法を毀る者は、大臣・四部の衆応当に苦治すべし、と。又云く、仏言わく、迦葉、能く正法を護持する因縁を以ての故に、是の金剛身を成就することを得たり。善男子、正法を護持する者は、五戒を受けず威儀を修せず、応に刀剣・弓箭・鉾槊を持つべし、と。又云く、若し五戒を受持する者有らば、名づけて大乗の人と為すを得ず。五戒を受けずして正法を護らば、乃ち大乗と名づく。正法を護る者は、応当に刀剣器仗を執持すべし。刀杖を持つと雖も、我れ説く、是れ等を名づけて持戒と曰う、と。
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法華経・譬喻品第三(18)生きては楚毒を受け、死しては瓦石を被る。仏種を断ずるが故に、斯の罪報を受く。若しは駱駝と作り、或いは驢の中に生まれ、身常に重きを負い、諸の杖捶を加えらる、 但水草を念いて、余は知る所無し。斯の経を謗るが故に、罪を獲ること是の如し。野干と作ること有りて、聚落に来入し、身体は疥癩にして、又一目無く、 諸の童子の為に、打擲せられ、諸の苦痛を受け、或る時は死に致る。此に於いて死し已りて、更に蟒身を受く、其の形長大にして、五百由旬、 聾騃にして足無く、宛転として腹行し、諸の小虫の為に、咂い食まれ、昼夜に苦を受けて、休息有ること無し。斯の経を謗るが故に、罪を獲ること是の如し。 若し人と為ることを得ても、諸根闇鈍にして、矬陋・攣躄、盲聾・背傴なり、言説する所有るも、人信受せず、口気常に臭く、鬼魅の著する所となり、 貧窮下賤にして、人に使われ、多病・痟痩にして、依怙する所無し。人に親附すと雖も、人在意せず、若し得る所有るも、尋いで復忘失す。 若し医道を修め、方に順いて病を治すれば、更に他の疾を増し、或いは復死に致らしむ。若し自ら病有るも、救療する人無く、設い良薬を服すとも、而も復増劇す。 若しは他の反逆・抄劫・竊盗するに、是の如き等の罪、横に其の殃に羅る。斯の如き罪人は、永く仏を見たてまつらず、衆聖の王の、説法し教化したまうを、 斯の如き罪人は、常に難処に生まれ、狂聾にして心乱れ、永く法を聞かず。無数劫に於いて、恒河沙の如く、生まるる輒に聾啞にして、諸根具わらず、 常に地獄に処すること、園観に遊ぶが如く、余の悪道に在ること、己が舎宅の如し。駝・驢・猪・狗は、是れ其の行処なり。斯の経を謗るが故に、罪を獲ること是の如し。 若し人と為ることを得ても、聾盲・瘖啞・貧窮・諸衰を、以て自ら荘厳とし、水腫・乾痟・疥癩・癰疽、是の如き等の病を、以て衣服と為し、 身は常に臭き処にして、垢穢不浄なり、深く我見に著し、瞋恚を増益し、淫欲熾盛にして、禽獣を択ばず。斯の経を謗るが故に、罪を獲ること是の如し。