立正安国論 / 『立正安国論』正法を国王に付属する
仁王經云佛告波斯匿王是故付屬諸國王不付屬比丘比丘尼何以故無王威力涅槃經云今以無上正法付屬諸王大臣宰相及四部衆毀正法者大臣四部之衆應當苦治又云佛言迦葉以能護持正法因緣故得成就是金剛身善男子護持正法者不受五戒不修威儀應持刀劔弓箭鉾槊又云若有受持五戒之者不得名爲大乘人也不受五戒爲護正法乃名大乘護正法者應當執持刀劔器仗雖持刀杖我說是等名曰持戒
新字:仁王経云仏告波斯匿王是故付属諸国王不付属比丘比丘尼何以故無王威力涅槃経云今以無上正法付属諸王大臣宰相及四部衆毀正法者大臣四部之衆応当苦治又云仏言迦葉以能護持正法因縁故得成就是金剛身善男子護持正法者不受五戒不修威儀応持刀剣弓箭鉾槊又云若有受持五戒之者不得名為大乗人也不受五戒為護正法乃名大乗護正法者応当執持刀剣器仗雖持刀杖我説是等名曰持戒
書き下し
仁王経に云く、仏、波斯匿王に告ぐ、是の故に諸の国王に付属して、比丘・比丘尼に付属せず。何を以ての故に。王の威力無きが故に、と。涅槃経に云く、今無上の正法を以て諸王・大臣・宰相及び四部の衆に付属す。正法を毀る者は、大臣・四部の衆応当に苦治すべし、と。又云く、仏言わく、迦葉、能く正法を護持する因縁を以ての故に、是の金剛身を成就することを得たり。善男子、正法を護持する者は、五戒を受けず威儀を修せず、応に刀剣・弓箭・鉾槊を持つべし、と。又云く、若し五戒を受持する者有らば、名づけて大乗の人と為すを得ず。五戒を受けずして正法を護らば、乃ち大乗と名づく。正法を護る者は、応当に刀剣器仗を執持すべし。刀杖を持つと雖も、我れ説く、是れ等を名づけて持戒と曰う、と。
現代語訳
仁王経にはこうあります。仏が波斯匿王に告げられた。このゆえに、諸国の王に付属し、比丘・比丘尼には付属しない。なぜか。王には威力があるが、比丘らにはないからである、と。涅槃経にはこうあります。いま無上の正法を、諸王・大臣・宰相および四部の衆に付属する。正法をそしる者に対しては、大臣と四部の衆は、きびしく懲らしめるべきである、と。さらにこうもあります。仏が言われた。迦葉よ、正法をよく護持する因縁によって、この金剛のような身を成就することができた。善男子よ、正法を護持する者は、五戒を受けず、威儀を修めなくとも、刀剣・弓矢・矛や槍を持つべきである、と。さらにこうもあります。もし五戒を受け保つ者がいれば、大乗の人とは呼べない。五戒を受けなくても正法を護るならば、それこそ大乗と呼ぶ。正法を護る者は、刀剣や武器を手に取るべきである。刀や杖を持っていても、私は、そのような人々を戒を保つ者と呼ぶ、と。
解説

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立正安国論・『立正安国論』護法の果報と持戒の定義其の王の将従・人民・眷属の戦闘する者有り、歓喜する者有り、一切菩提の心を退かず、命終して悉く阿閦仏の国に生ず。覚徳比丘は却って後、寿終りて亦た阿閦仏の国に往生することを得て、而も彼の仏の為に声聞衆の中の第三の弟子と作る。若し正法の滅尽せんと欲する時有らば、応当に是くの如く受持擁護すべし。迦葉、爾の時の王とは則ち我が身是れなり。説法の比丘は迦葉仏是れなり。迦葉、正法を護る者は、是くの如き等の無量の果報を得。是の因縁を以て、我れ今日に於いて種種の相を得て以て自ら荘厳し、法身の不可壊の身を成就せり。仏、迦葉に告げたまわく、是の故に護法の優婆塞等は、応に刀杖を執持して是くの如きを擁護すべし。善男子、我が涅槃の後、濁悪の世、国土荒乱し、互いに抄掠し、人民飢餓す。爾の時に多く飢餓の為の故に発心出家する有り。是くの如きの人を名づけて禿人と為す。是の禿人の輩、正法を護持するを見て、駆逐して出ださしめ、若しは殺し若しは害す。是の故に我れ今、持戒の人は、白衣の刀杖を持つ者に依りて、以て伴侶と為すを聴す。刀杖を持つと雖も、我れ説く、是れ等を名づけて持戒と曰う。刀杖を持つと雖も、応に命を断つべからず。
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立正安国論・『立正安国論』経文を重ねて示す大集経に云く、若し国王有って、無量世に於て施戒慧を修せんに、我が法の滅せんを見て捨てて擁護せずんば、是くの如く種うる所の無量の善根悉く皆な滅失し、乃至其の王不久しくして当に重病に遇い、寿終の後、大地獄の中に生ずべし。王の如く夫人・太子・大臣・城主・村主・郡主・宰官も亦復た是くの如し、と。仁王経に云く、人仏教を壊らば復た孝子無く、六親不和にして天神祐けず、疾疫悪鬼日に来たりて侵害し、災怪首尾し、連禍縦横し、死して地獄・餓鬼・畜生に入らん。若し出でて人と為らば、兵奴の果報あり。響きの如く影の如し。人の夜書くに、火滅すれども字は存するが如く、三界の果報も亦復た是くの如し、と。法華経第二に云く、若し人信ぜずして此の経を毀謗せば、乃至其の人命終して阿鼻獄に入らん、と。又同じき第七巻不軽品に云く、千劫阿鼻地獄に於て大苦悩を受く、と。涅槃経に云く、善友を遠離し正法を聞かず、悪法に住する者は、是の因縁の故に沈没して阿鼻地獄に在り、受くる所の身形は縦横八万四千なり、と。広く衆経を披くに専ら謗法を重んず。
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立正安国論・『立正安国論』悪侶を戒める経文の連引主人喩えて曰わく、仏閣は甍を連ね、経蔵は軒を並べ、僧は竹葦の如く、侶は稲麻に似たり。崇重年に旧り、尊貴日に新たなり。但し法師は諂曲にして人倫を迷惑し、王臣は覚らずして邪正を弁ずること無し。仁王経に云わく、「諸の悪比丘、多く名利を求め、国王・太子・王子の前に於て、自ら破仏法の因縁、破国の因縁を説く。其の王別たずして、此の語を信聴し、横に法制を作りて、仏戒に依らず。是れを破仏破国の因縁と為す」と。涅槃経に云わく、「菩薩は悪象等に於ては心に恐怖すること無かれ、悪知識に於ては怖畏の心を生ず。悪象の為に殺されては三趣に至らず、悪友の為に殺されては必ず三趣に至る」と。法華経に云わく、「悪世の中の比丘は、邪智にして心諂曲に、未だ得ざるを為れ得たりと謂い、我慢の心充満せん。或いは阿練若に納衣にして空閑に在り、自ら真の道を行ずと謂いて、人間を軽賤する者有らん。利養に貪著するが故に、白衣の与に法を説いて、世に恭敬せらるること、六通の羅漢の如くならん。乃至 常に大衆の中に在りて、我等を毀らんと欲するが故に、国王・大臣・婆羅門・居士、及び余の比丘衆に向かいて、誹謗して我が悪を説いて、是れ邪見の人、外道の論議を説くと謂わん。濁劫悪世の中には、多く諸の恐怖有らん。悪鬼其の身に入りて、我を罵詈毀辱せん。濁世の悪比丘は、仏の方便、宜しきに随って説きたまう所の法を知らず、悪口して顰蹙し、数数擯出せられん」と。涅槃経に云わく、「我涅槃して後、無量百歳、四道の聖人悉く復た涅槃せん。正法滅して後、像法の中に於て、当に比丘有るべし。像の律を持つに似て、少しく経を読誦し、飲食を貪嗜して、其の身を長養す。袈裟を著すと雖も、猶お猟師の細めに視て徐に行くが如く、猫の鼠を伺うが如し。常に是の言を唱えん、我羅漢を得たりと。外には賢善を現じ、内には貪嫉を懐く。啞法を受けたる婆羅門等の如し。実には沙門に非ずして、沙門の像を現じ、邪見熾盛にして正法を誹謗せん」と。文に就いて世を見るに、誠に以て然なり。誡めずんば、悪侶は豈に善事を成さんや。
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