立正安国論 / 『立正安国論』信心の力で邪義に
就中人之在世各恐後生是以或信邪教或貴謗法各雖惡迷是非而猶哀歸佛法何同以信心之力妄宗邪義之詞哉若執心不翻亦曲意猶存早辭有爲之鄕必墮無間之獄所以者何
新字:就中人之在世各恐後生是以或信邪教或貴謗法各雖悪迷是非而猶哀帰仏法何同以信心之力妄宗邪義之詞哉若執心不翻亦曲意猶存早辞有為之郷必堕無間之獄所以者何
書き下し
就中、人の世に在るや各おの後生を恐る。是を以て或は邪教を信じ、或は謗法を貴ぶ。各おの是非に迷うことを悪むと雖も、而も猶お仏法に帰することを哀れむ。何ぞ同じく信心の力を以て妄りに邪義の詞を宗とせんや。若し執心翻らず、亦た曲意猶お存せば、早く有為の郷を辞して必ず無間の獄に堕ちなん。所以は何ん。
現代語訳
とりわけ、人は世にあって、それぞれ死後の世を恐れています。そのため、ある者は邪教を信じ、ある者は謗法を尊びます。それぞれ是非に迷うことを憎みながらも、仏法に帰ることを哀れにも願っています。どうして同じ信心の力でありながら、みだりに邪な教義の言葉を拠り所とするのでしょうか。もし執着の心がひるがえらず、曲がった思いがなお残るなら、やがてこの無常の世を去って、必ず無間地獄に堕ちるでしょう。それはなぜかというと。
解説
死後への恐れが、人を誤った信仰へ向かわせるという分析のうえで、同じ信じる力をなぜ正しい方へ向けないのかと問う短い章句です。宗派間の論争の文書であり、どの教えが正しいかは現代の読者が判断すべきことではありません。ここから読み取れるのは、人の熱意や誠実さそのものは善悪を決めないという点です。働く現場でも、強い信念ほど検証を欠いたまま突き進むと誤りを広げます。熱心さと正しさは別の軸であると意識すること、そして執着が最後の障害になることを、この文は教えてくれます。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
後生信心邪義執心曲意無間の獄
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