臨済録 / 勘辨
麻谷到參,敷坐具,問:「十二面觀音,阿那面正?」師下繩床,一手收坐具,一手搊麻谷,云:「十二面觀音,向什麼處去也?」麻谷轉身擬坐繩床,師拈拄杖打,麻谷接却,相捉入方丈。
新字:麻谷到参,敷坐具,問:「十二面観音,阿那面正?」師下縄床,一手収坐具,一手搊麻谷,云:「十二面観音,向什麼処去也?」麻谷転身擬坐縄床,師拈拄杖打,麻谷接却,相捉入方丈。
書き下し
麻谷到り参じ、坐具を敷いて問う、「十二面観音、阿那面か正なる。」師、縄床を下り、一手に坐具を収め、一手に麻谷を搊(つか)んで云く、「十二面観音、什麼の処に向かってか去れる。」麻谷、身を転じて縄床に坐せんと擬す。師、拄杖を拈じて打つ。麻谷接却して、相捉えて方丈に入る。
現代語訳
麻谷(まよく、馬祖の法系に連なる禅僧)が参じて来て、坐具を広げて問うた。「十二面観音は、どの面が正面か。」師は縄床(じょうしょう、坐禅の椅子)から下りると、片手で坐具を取り上げ、片手で麻谷をつかんで言った。「十二面観音はどこへ行ってしまったか。」麻谷は身をひるがえして縄床に座ろうとした。師は拄杖(しゅじょう)を取って打った。麻谷はその杖を受け止め、二人は取っ組み合ったまま方丈に入っていった。
解説
十二の顔を持つ観音のどれが正面か、という問いは、真理の本当の顔はどこにあるかという問いでもある。臨済は答えを述べず、坐具を取り上げ麻谷その人をつかんで「観音はどこへ行った」と返す。目の前で問うている生身の人間こそが観音だ、と身体で示したのである。麻谷が臨済の座っていた縄床を奪おうとすると、臨済は打ち、麻谷はその杖を受け止める。二人は揉み合ったまま方丈へ消え、勝負はつかない。麻谷は馬祖の法系に連なる禅者で、臨済と互角に渡り合った。問いを抽象の側に置いたままにせず、問う者自身を場に引き出すこと、これは議論が空回りする会議にも通じる手際である。
関連する章句
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『臨済録』上堂何を以てか此の如くなる。見ずや、釈尊云く、『法は文字を離れ、因に属せず、縁に在らざるが故なり』と。爾が信不及なるが為に、所以に今日葛藤す。恐らくは常侍と諸官員とを滞らせ、他の仏性を昧まさん。如かず且く退かんには。」喝一喝して云く、「少信根の人は終に了る日無し。久立珍重。」師、因みに一日河府に到る。府主王常侍、師に升座を請う。時に麻谷出でて問う、「大悲千手眼、那箇か是れ正眼。」師云く、「大悲千手眼、那箇か是れ正眼。速やかに道え、速やかに道え。」麻谷、師を拽いて座を下らしめ、麻谷却って坐す。師近前して云く、「不審。」麻谷擬議す。師も亦た麻谷を拽いて座を下らしめ、師却って坐す。麻谷便ち出で去る。師便ち座を下る。
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『臨済録』勘辨師便ち問う、「汝は是れ凡か、是れ聖か。」普化云く、「汝且(しばら)く道え、我は是れ凡か、是れ聖か。」師便ち喝す。普化手を以て指して云く、「河陽は新婦子、木塔は老婆禅、臨済は小廝児(しょうしじ)、却って一隻眼を具す。」師云く、「這の賊。」普化云く、「賊、賊。」便ち出で去る。
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