武士道 / 第十六章 武士道の命脈・日本の改新は全く自生した
其の初、夢裏桃源の國を開きて海外諸國と通商し、生活の各方面に最新の發明を輸入し、泰西の政治、科學の研究に着手したる時、主として吾人を指導したる動機は、物質的財源の發達にも非らず、富力の增大にも非らず、况んや泰西習俗の心醉踏襲にも非らざりしをや。東洋の制度民族を精察せるタウンゼンド氏は曰く、『吾人は日常歐洲の日本を感化したることを聞きて、而して此島國の改新は、全く自生し、歐洲は日本を教へず、日本は任意歐洲に於ける文武制度の組織を學びて、多大の功を成したるものなるを忘る。日本は恰も先に土耳古が歐洲の砲術を輸入したる如くに、歐洲の機械、學術を輸入したり。されど英國の支那茶を購買するによりて、感化せらるゝことあるにあらざるよりは、又た彼を目して感化なりと稱するを得ず』と。
新字:其の初、夢裏桃源の国を開きて海外諸国と通商し、生活の各方面に最新の発明を輸入し、泰西の政治、科学の研究に着手したる時、主として吾人を指導したる動機は、物質的財源の発達にも非らず、富力の增大にも非らず、況んや泰西習俗の心酔踏襲にも非らざりしをや。東洋の制度民族を精察せるタウンゼンド氏は曰く、『吾人は日常欧洲の日本を感化したることを聞きて、而して此島国の改新は、全く自生し、欧洲は日本を教へず、日本は任意欧洲に於ける文武制度の組織を学びて、多大の功を成したるものなるを忘る。日本は恰も先に土耳古が欧洲の砲術を輸入したる如くに、欧洲の機械、学術を輸入したり。されど英国の支那茶を購買するによりて、感化せらるゝことあるにあらざるよりは、又た彼を目して感化なりと称するを得ず』と。
書き下し
其の初、夢裏桃源の国を開きて海外諸国と通商し、生活の各方面に最新の発明を輸入し、泰西の政治、科学の研究に着手したる時、主として吾人を指導したる動機は、物質的財源の発達にも非らず、富力の増大にも非らず、いわんや泰西習俗の心酔踏襲にも非らざりしをや。東洋の制度民族を精察せるタウンゼンド氏は曰く、『吾人は日常、欧洲の日本を感化したることを聞きて、而して此島国の改新は全く自生し、欧洲は日本を教へず、日本は任意、欧洲に於ける文武制度の組織を学びて多大の功を成したるものなるを忘る。日本はあたかも先に土耳古が欧洲の砲術を輸入したる如くに、欧洲の機械、学術を輸入したり。されど英国の支那茶を購買するによりて感化せらるることあるにあらざるよりは、又た彼を目して感化なりと称するを得ず』と。
現代語訳
最初に、夢の中の桃源郷のような国を開いて海外諸国と通商し、生活のあらゆる方面に最新の発明を輸入し、西洋の政治と科学の研究に着手したとき、主として私たちを導いた動機は、物質的な財源の発達でもなく、富の増大でもなく、まして西洋の習俗に心酔して真似ることでもありませんでした。東洋の制度と民族を詳しく観察したタウンゼンド氏は言います。私たちは日々、ヨーロッパが日本を感化したと聞くが、この島国の改新はまったく自ら生まれたものであり、ヨーロッパは日本を教えたのではなく、日本が自分の意志でヨーロッパの文武の制度の仕組みを学んで大きな成果を上げたことを忘れている。日本はちょうど以前にトルコがヨーロッパの砲術を輸入したように、ヨーロッパの機械と学術を輸入した。しかしイギリスが中国茶を買うことで感化されるわけではないのと同じく、これを感化と呼ぶことはできない、と。
解説

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