師導古典を学びたいすべての人に

臨済録 / 勘辨

師問僧:「有時一喝如金剛王寶劍、有時一喝如踞地金毛師子、有時一喝如探竿影草、有時一喝不作一喝用,汝作麼生會?」僧擬議,師便喝。

新字:師問僧:「有時一喝如金剛王宝剣、有時一喝如踞地金毛師子、有時一喝如探竿影草、有時一喝不作一喝用,汝作麼生会?」僧擬議,師便喝。

書き下し

師僧に問ふ、「有る時は一喝、金剛王の寶劍の如く、有る時は一喝、踞地の金毛師子の如く、有る時は一喝、探竿影草の如く、有る時は一喝、一喝の用を作さず。汝作麼生か會す」と。僧擬議す。師便ち喝す。

現代語訳

慧照が僧に問うた。「あるときは一喝が金剛王の宝剣のようであり、あるときは一喝が地に踞る金毛の獅子のようであり、あるときは一喝が探り竿と影草のようであり、あるときは一喝が一喝としてのはたらきをしない。おまえはどう会得するか」。僧が言いよどんだ。慧照はすかさず喝した。

解説

臨済の喝を四通りに分けた「四喝」である。金剛王の宝剣は、断ち切る喝。迷いを一刀のもとに切る。地に踞る金毛の獅子は、威をもって圧する喝。近づけない。探竿影草は、漁で魚の居場所を探る竿と、身を隠す草のことで、相手の底を試す喝である。そして四つ目が「一喝、一喝の用を作さず」——喝が喝としてはたらかない喝。三つ並べたところで型が見えかけたその瞬間に、型に収まらないものを置いた。この四つ目があるおかげで、四喝は分類表にならない。そして問答の締めが完璧だ。「汝作麼生か會す」と問われた僧が言いよどむ。臨済はすかさず喝する。分類を説明したその口で、いま一つ喝を放った。これが四つのどれなのかは示されない。言葉で理解しようとした側に、実物が飛んでくる形で終わっている。

この章句が説くこと

四喝金剛王宝剣踞地金毛師子探竿影草一喝不作一喝用

この一句を、あなたの毎日に。

古典の教えを、今の状況に当てはめて考えてみる——師導があなたの学びと選択を支えます。

師導で古典を学ぶ
いま登録すると、7日間すべての機能を無料でお試しいただけます。 無料ではじめる