臨済録 / 示衆
師示眾云:
新字:師示衆云:
書き下し
師、衆に示して云く、
現代語訳
師は修行僧たちに示して言った。
解説
示衆の新しい段の書き出しである。臨済の語録は、このような短い導入句によって一つひとつの説法が区切られている。語録を編んだのは弟子の三聖慧然とされ、臨済が折々に語った言葉を、場面ごとにこの形で書き留めていった。どの説法も、聞き手である修行僧たちに向けた生の語りかけであり、書物として体系立てて書かれたものではない。そのため同じ主題が何度も角度を変えて現れ、言い回しも繰り返される。読む側も、一つの結論を探すより、繰り返される呼びかけの熱を受け止めるほうがよい。大切なことは一度言えば伝わるものではなく、何度も言い方を変えて語られてこそ届くのである。
関連する章句
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『臨済録』示衆師、晩参に衆に示して云く、
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『臨済録』示衆何を以てか此の如くなる。秖だ我が見処別なるが為に、外、凡聖を取らず、内、根本に住せず、見徹して更に疑謬せず。」師、衆に示して云く、
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『臨済録』示衆夫れ至理の道の如きは、諍論して激揚を求め、鏗鏘として以て外道を摧くにあらず。佛祖相承に至っては更に別意無し。設ひ言教有るも、化儀の三乘・五性・人天因果に落在す。圓頓の教の如きは、又た且く然らず。童子善財も皆な過を求めず。大德、錯りて心を用ゐる莫かれ。大海の死屍を停めざるが如し。秖麼に擔却して天下を走らんと擬し、自ら見障を起こして以て心を礙ふ。日上に雲無く、麗天普く照らす。眼中に翳無く、空裏に花無し。道流、爾如法なるを得んと欲せば、但だ疑を生ずる莫かれ。展ぶれば則ち法界に彌綸し、收むれば則ち絲髮も立たず。歷歷孤明にして未だ嘗て欠少せず。眼に見えず、耳に聞こえず、喚んで什麼物と作す。古人云く、『一物に似たりと説くも則ち中らず』と。爾但だ自家に看よ、更に什麼か有らん。説くも亦た盡くる無し。各自著力せよ。珍重。
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『臨済録』示衆設い有る者も、皆な是れ名言章句、小児を接引する施設の薬病、表顕の名句なり。且つ名句は自ら名句ならず、還って是れ爾が目前昭昭霊霊として鑒覚聞知照燭する底、一切の名句を安ず。大徳、五無間の業を造って方に解脱を得。」
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『臨済録』示衆大德、因循して日を過ごす莫かれ。山僧往日、未だ見處有らざりし時、黑漫漫地たり。光陰空しく過ごすべからずと、腹熱し心忙しく、奔波して道を訪ぬ。後に還た力を得て、始めて今日に到りて道流と共に是くの如く話度す。諸の道流に勸む、衣食の為にする莫かれ。看よ、世界は過ぎ易く、善知識は遇ひ難し。優曇花の時に一たび現ずるが如きのみ。
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『臨済録』示衆道流、真佛は形無く、真道は體無く、真法は相無し。三法混融して一處に和合す。辨ずること既に得ざれば、喚んで忙忙たる業識の眾生と作す。
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