臨済録 / 示衆
爾一念心疑,被地來礙;爾一念心愛,被水來溺;爾一念心嗔,被火來燒;爾一念心喜,被風來飄。若能如是辨得,不被境轉,處處用境,東涌西沒、南涌北沒、中涌邊沒、邊涌中沒,履水如地、履地如水。緣何如此?為達四大如夢如幻故。道流!爾秖今聽法者,不是爾四大能用。爾四大若能如是見得,便乃去住自由。約山僧見處,勿嫌底法。爾若愛聖,聖者聖之名,有一般學人向五臺山裏求文殊,早錯了也,五臺山無文殊。爾欲識文殊麼?秖爾目前用處,始終不異,處處不疑,此箇是活文殊。爾一念心無差別光,處處總是真普賢。儞一念心自能解縛,隨處解脫,此是觀音。三昧法互為主伴,出則一時出,一即三、三即一,如是解得,始好看教。」
新字:爾一念心疑,被地来礙;爾一念心愛,被水来溺;爾一念心嗔,被火来焼;爾一念心喜,被風来飄。若能如是弁得,不被境転,処処用境,東涌西没、南涌北没、中涌辺没、辺涌中没,履水如地、履地如水。縁何如此?為達四大如夢如幻故。道流!爾秖今聴法者,不是爾四大能用。爾四大若能如是見得,便乃去住自由。約山僧見処,勿嫌底法。爾若愛聖,聖者聖之名,有一般学人向五台山裏求文殊,早錯了也,五台山無文殊。爾欲識文殊麼?秖爾目前用処,始終不異,処処不疑,此箇是活文殊。爾一念心無差別光,処処総是真普賢。儞一念心自能解縛,随処解脱,此是観音。三昧法互為主伴,出則一時出,一即三、三即一,如是解得,始好看教。」
書き下し
爾が一念心疑へば、地の來るに礙へらる。爾が一念心愛せば、水の來るに溺る。爾が一念心嗔れば、火の來るに燒かる。爾が一念心喜べば、風の來るに飄はさる。若し能く是くの如く辨得せば、境に轉ぜられず、處處に境を用ゐ、東に涌いて西に沒し、南に涌いて北に沒し、中に涌いて邊に沒し、邊に涌いて中に沒し、水を履むこと地の如く、地を履むこと水の如し。緣何ぞ此くの如き。四大は夢の如く幻の如しと達するが故なり。道流、爾が秖今法を聽く者は、是れ爾が四大の能く用ゐるにあらず。爾が四大若し能く是くの如く見得せば、便ち乃ち去住自由なり。山僧が見處に約せば、嫌ふ底の法勿し。爾若し聖を愛せば、聖とは聖の名なり。有る一般の學人、五臺山裏に向かって文殊を求むるは、早く錯り了れり。五臺山に文殊無し。爾文殊を識らんと欲するや。秖だ爾が目前の用處、始終異ならず、處處に疑はざる、此箇是れ活文殊なり。爾が一念心の差別無き光、處處に總て是れ真の普賢なり。儞が一念心の自ら能く縛を解く、隨處に解脫す、此れは是れ觀音なり。
現代語訳
おまえの一念の心が疑えば、地が来てさえぎる。おまえの一念の心が愛すれば、水が来て溺れる。おまえの一念の心が怒れば、火が来て焼く。おまえの一念の心が喜べば、風が来て吹き飛ばす。もしこのように見分けられれば、境に振り回されず、どこででも境を使いこなし、東に湧いて西に没し、南に湧いて北に没し、中に湧いて端に没し、端に湧いて中に没し、水を踏むこと地のごとく、地を踏むこと水のごとくなる。なぜそうなのか。四大は夢のようで幻のようだと悟りきったからだ。道流よ、おまえがいま法を聴いているのは、おまえの四大が用いているのではない。おまえの四大がもしこのように見えるようになれば、去るも留まるも自由になる。わしの見るところでは、嫌うべき法などない。おまえがもし聖を愛するなら、聖とは聖という名前にすぎない。ある種の学人が五台山に文殊を求めるのは、とうに間違っている。五台山に文殊はいない。おまえは文殊を知りたいか。ただおまえの目の前のはたらきが、始めから終わりまで変わらず、どこにいても疑わない、これが生きた文殊だ。おまえの一念の心に差別のない光、それがどこであれ真の普賢だ。おまえの一念の心が自ら縛を解き、どこにいても解脱する、これが観音だ。
解説
この章句が説くこと
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『臨済録』示衆道流、今時且く四種の無相の境を識取して、境に擺撲せらるることを免れんことを要す。」問う、「如何なるか是れ四種の無相の境。」師云く、
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『臨済録』示衆道流、是れ爾が目前の用底は祖佛と別ならず。秖麼に信ぜずして、便ち外に向かって求む。錯る莫かれ。外に向かって法無く、內も亦た得べからず。爾山僧が口裏の語を取るは、休歇無事に去るに如かず。已に起こる者は續ぐ莫かれ、未だ起こらざる者は放ち起こすを要せず。便ち爾が十年の行脚に勝る。山僧が見處に約せば如許多般無し。秖だ是れ平常に衣を著、飯を喫し、無事に時を過ごすのみ。爾諸方より來る者は皆な是れ有心に佛を求め、法を求め、解脫を求め、三界を出離せんことを求む。癡人よ。爾三界を出でんと要して、什麼の處にか去らん。佛祖は是れ賞繫底の名句なり。爾三界を識らんと欲するや。爾が今法を聽く底の心地を離れず。爾が一念心の貪は是れ欲界、爾が一念心の瞋は是れ色界、爾が一念心の癡は是れ無色界なり。是れ爾が屋裏の家具子なり。三界は自ら『我は是れ三界なり』とは道はず。還た是れ、道流、目前に靈靈地として萬般を照燭し世界を酌度する底の人、三界の為に名を安くるなり。
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『臨済録』示衆道流、真佛は形無く、真法は相無し。爾秖麼に幻化の上頭に模を作し樣を作す。設ひ求め得る者も、皆な是れ野狐精魅にして、並びに是れ真佛にあらず、是れ外道の見解なり。夫れ真の學道人の如きは、並びに佛を取らず、菩薩・羅漢を取らず、三界の殊勝を取らず、逈かに獨脫無くして物と拘はらず。乾坤倒覆するも我れ更に疑はず。十方の諸佛現前するも一念の心喜ぶこと無く、三塗地獄頓かに現ずるも一念の心怖るること無し。緣何ぞ此くの如き。我れ諸法の空相を見るに、變ずれば即ち有り、變ぜざれば即ち無し。三界は唯だ心、萬法は唯だ識なり。所以に夢幻空花、何ぞ把捉するを勞せん。唯だ道流の目前現今に法を聽く底の人有るのみ。火に入るも燒けず、水に入るも溺れず、三塗地獄に入るも園觀に遊ぶが如く、餓鬼畜生に入るも報を受けず。緣何ぞ此くの如き。嫌ふ底の法無ければなり。爾若し聖を愛し凡を憎まば、生死海裏に沈浮せん。煩惱は心に由るが故に有り。無心なれば煩惱何ぞ拘へん。分別して相を取るを勞せずんば、自然に道を得ること須臾ならん。
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『十善法語』巻第九・不瞋恚戒元来一微塵ノ中ニ。堅湿煖動ノ相離レヌ故ニ。水ト成テ湿ホシ。火ト成テ煖メ。風ト成テ長養シ。地ト成テ其形ヲ生スル。大ニモアレ小ニモアレ。此四大互ニ因トナリ縁トナリテ万物ヲ造作スルシヤ。正眼ニ看来レハ。此心微妙ナル物テ。一塵ノ中ニ入テ世界成立ノ因トナリ。世界壊滅ノ縁トナル。何ノ入トカ説ヘキ。一塵直ニ自心ノ性相シヤ。世界直ニ自心ノ性相シヤ。若ハ成立スルモ自心ノ性相ト知シヤ。若ハ滅壊スルモ自心ノ性相ト知ルシヤ。一類ノ衆生アリテ。此世界百千万刧確乎トシテ住スト見ル。一類ノ衆生アリテ。此世界念念転変スト見ル。自性空中各自ノ業アリテ此見差別ス。面白キコトシヤ。此中若自ラ達スレハ。法法解脱シ。万境自ラ如如シヤ。
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