楽訓 / 巻之下・後論
一人の樂は、善を行ふよりたのしきはなし。漢の東平王の、善をするはいと樂しといへる、むべなるかな。富貴の人は、ひろく人を愛し、もろもろを救ひて、其樂ひろし。貧賤の人も、其分に應じて、人をすくふ志だにあらば、其善をする功多かるべし。
新字:一人の楽は、善を行ふよりたのしきはなし。漢の東平王の、善をするはいと楽しといへる、むべなるかな。富貴の人は、ひろく人を愛し、もろもろを救ひて、其楽ひろし。貧賤の人も、其分に応じて、人をすくふ志だにあらば、其善をする功多かるべし。
書き下し
一人の楽は、善を行ふよりたのしきはなし。漢の東平王の、善をするはいと楽しといへる、むべなるかな。富貴の人は、ひろく人を愛し、もろもろを救ひて、其楽ひろし。貧賤の人も、其分に応じて、人をすくふ志だにあらば、其善をする功多かるべし。
現代語訳
人の楽しみは、善を行うことより楽しいものはありません。漢の東平王が「善をするのは最も楽しい」と言ったのは、もっともなことです。富貴の人は広く人を愛し、多くの人々を救って、その楽しみが広い。貧賤の人も、その分に応じて人を救う志さえあれば、その善を行う功は多いでしょう。
解説
後漢の東平王劉蒼が明帝に国にいて何が楽しいかと問われ「善を為すこと最も楽し」と答えた故事を引きます。益軒は『君子訓』でも同じ話を用いており、好んだ言葉だったようです。富貴な人は広く人を救えますが、貧しい人も分に応じて人を助ける志があれば、善の功は大きいと言います。寄付やボランティアは金額や規模ではなく、できる範囲で続ける志が大切です。誰かの役に立ったときに湧く喜びは、どんな娯楽にもまさる楽しみだと教えています。
この章句が説くこと
善楽しみ仁救い志
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