講孟余話 / 告子上 第十八章
仁之勝不仁也、猶水勝火、今之爲仁者、猶以一杯水救一車薪之火也、不熄則謂之水不勝火、此又與於不仁之甚者也、亦終必亡而已矣、此章大志アル者、日夜朝暮ニ語誦シテ志ヲ勵スヘシ、余囚徒トナリテ、神州ヲ以テ自ラ任シ、四夷ヲ撻伐セント欲ス、人ニ向テ是ヲ語レハ、駭愕セサルハナシ、然トモ此章ヲ以テ益々自ラ信シテ断シテ疑ハス、今神州ヲ興隆シ四夷ヲ撻伐スルハ仁道ナリ、之ヲ礙ル者ハ不仁ナリ、仁豈不仁ニ勝タサランヤ、若シ勝タザレハ仁ニ非ス、故ニ先ツ一身一家ヨリ手ヲ下シ、一村一郷ヨリ同志々々ト語リ傳ヘテ、此志ヲ同フスル者日々盛ニナラハ、一人ヨリ十人、十人ヨリ百人、百人ヨリ千人、千人ヨリ万人、万人ヨリ三軍ト、順々進ミ進ミシテ、仁ニ志ス者豈寥々ナランヤ、此志ヲ一身ヨリ子々孫々ニ傳ヘハ、其遺澤十年百年千年万年ト愈益繁昌スヘシ、今天下ノ勢ハ、無事ニシテ多難ヲ伏シ、至安ニシテ至危ヲ伏ス、伏スル者ハ必ス発ス、自然ノ勢也、一旦多難至危ノ発泄スルニ至テ、潰敗復タ收ムヘカラス、此時ニ當テ一人ヨリ三軍、一身ヨリ子孫ニ傳ヘタル所ガ大用ヲナシ、神州興隆、四夷撻伐、功必ス成ルヘシ、而シテ其規模ハ今日ニ在ルナリ、
新字:仁之勝不仁也、猶水勝火、今之為仁者、猶以一杯水救一車薪之火也、不熄則謂之水不勝火、此又与於不仁之甚者也、亦終必亡而已矣、此章大志アル者、日夜朝暮ニ語誦シテ志ヲ励スヘシ、余囚徒トナリテ、神州ヲ以テ自ラ任シ、四夷ヲ撻伐セント欲ス、人ニ向テ是ヲ語レハ、駭愕セサルハナシ、然トモ此章ヲ以テ益々自ラ信シテ断シテ疑ハス、今神州ヲ興隆シ四夷ヲ撻伐スルハ仁道ナリ、之ヲ礙ル者ハ不仁ナリ、仁豈不仁ニ勝タサランヤ、若シ勝タザレハ仁ニ非ス、故ニ先ツ一身一家ヨリ手ヲ下シ、一村一郷ヨリ同志々々ト語リ伝ヘテ、此志ヲ同フスル者日々盛ニナラハ、一人ヨリ十人、十人ヨリ百人、百人ヨリ千人、千人ヨリ万人、万人ヨリ三軍ト、順々進ミ進ミシテ、仁ニ志ス者豈寥々ナランヤ、此志ヲ一身ヨリ子々孫々ニ伝ヘハ、其遺沢十年百年千年万年ト愈益繁昌スヘシ、今天下ノ勢ハ、無事ニシテ多難ヲ伏シ、至安ニシテ至危ヲ伏ス、伏スル者ハ必ス発ス、自然ノ勢也、一旦多難至危ノ発泄スルニ至テ、潰敗復タ収ムヘカラス、此時ニ当テ一人ヨリ三軍、一身ヨリ子孫ニ伝ヘタル所ガ大用ヲナシ、神州興隆、四夷撻伐、功必ス成ルヘシ、而シテ其規模ハ今日ニ在ルナリ、
書き下し
仁の不仁に勝つは、猶ほ水の火に勝つがごとし。今の仁を為す者は、猶ほ一杯の水を以て一車薪の火を救ふがごときなり。熄まざれば則ち之を水火に勝たずと謂ふ。此れ又不仁に与するの甚だしき者なり。亦終に必ず亡はんのみ。此の章大志ある者、日夜朝暮に語誦して志を励ますべし。余囚徒となりて、神州を以て自ら任じ、四夷を撻伐せんと欲す。人に向ひて是を語れば、駭愕せざるはなし。然れども此の章を以て益々自ら信じて断じて疑はず。今神州を興隆し四夷を撻伐するは仁道なり。之を礙ぐる者は不仁なり。仁豈に不仁に勝たざらんや。若し勝たざれば仁に非ず。故に先づ一身一家より手を下し、一村一郷より同志同志と語り伝へて、此の志を同じくする者日々盛んにならば、一人より十人、十人より百人、百人より千人、千人より万人、万人より三軍と、順々進み進みして、仁に志す者豈に寥々ならんや。此の志を一身より子々孫々に伝へば、其の遺沢十年百年千年万年と愈々益々繁昌すべし。今天下の勢は、無事にして多難を伏し、至安にして至危を伏す。伏する者は必ず発す、自然の勢なり。一旦多難至危の発泄するに至りて、潰敗復た収むべからず。此の時に当りて一人より三軍、一身より子孫に伝へたる所が大用をなし、神州興隆、四夷撻伐、功必ず成るべし。而して其の規模は今日に在るなり。
現代語訳
「仁が不仁に勝つのは、水が火に勝つようなものだ。今、仁を行う者は、一杯の水で車一台分の薪の火を消そうとするようなものだ。火が消えないと、水は火に勝たないと言う。これはまた、不仁に味方することのはなはだしいものである。ついにはきっと失うだけである」。この章は、大きな志を持つ者が朝に夕に唱えて志を励ますべきものである。私は囚人となりながら、日本を自分の任務とし、四方の外敵を打ち払おうと思っている。人にこれを語れば、驚きあきれない者はいない。けれどもこの章によって、ますます自分を信じて決して疑わない。今、日本を盛んにし外敵を打ち払うことは仁の道である。これを妨げる者は不仁である。仁がどうして不仁に勝たないことがあろうか。もし勝たないなら、それは仁ではない。だからまず自分一身、自分の一家から手をつけ、一村一郷から同志へ同志へと語り伝えて、この志を同じくする者が日々増えていけば、一人から十人、十人から百人、百人から千人、千人から一万人、一万人から大軍へと、順々に進んでいき、仁に志す者がどうして寂しいことがあろうか。この志を自分一身から子々孫々へ伝えれば、その恵みは十年、百年、千年、万年と、いよいよ栄えるだろう。今の天下の情勢は、無事の中に多くの難を潜ませ、この上ない安らかさの中にこの上ない危うさを潜ませている。潜んでいるものは必ず噴き出す。自然の勢いである。ひとたび多難と危機が噴き出せば、崩れて二度と収拾がつかない。そのときにあたって、一人から大軍へ、一身から子孫へと伝えてきたものが大いに役立ち、日本の興隆と外敵の打ち払いは必ず成し遂げられるだろう。そしてその土台は今日にあるのである。
解説
この章句が説くこと
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