呻吟語 / 外篇・聖賢・仁天下を覆ふの具は我に在り
孔顏窮居,不害其為仁覆天下,何則?仁覆天下之具在我,而仁覆天下之心未嘗一日忘也。
書き下し
孔顏の窮居は、其の仁天下を覆ふと為るを害せず。何となれば、仁天下を覆ふの具は我に在り、而して仁天下を覆ふの心は未だ嘗て一日も忘れざればなり。
現代語訳
孔子や顔回が貧しく暮らしたことは、その仁が天下を覆うことを妨げませんでした。なぜなら、仁が天下を覆う道具は自分の側にあり、仁が天下を覆おうという心を一日も忘れなかったからです。
解説
境遇と志の関係を示します。貧しく暮らしていても、仁が天下を覆うことは妨げられない。道具は自分の側にあり、心を忘れなければよいからです。地位も財も要らないという主張で、前に出てきた、富貴は天が司り人格は自分が司るという段と同じ立場です。志の大きさと境遇は無関係だと示した一段になっています。志の大きさと境遇は無関係だと、示した一段です。
この章句が説くこと
境遇志仁道具無関係
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