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楽訓 / 巻之下・後論

一萬の事、はじめ、事のいまだ備らざりし時を思ひ、今にくらべなば、苦なく樂多かるべし。上古の時は、野に居り穴にすむ。五穀のはむべきなく、きぬ布の著るべきなし。もろもろの器なく、火食を知らず。其苦思ひやるべし。今の世の人は、上古にくらぶるに、事每にそなはりて、樂むべし。又我がはじめ貧賤なる苦を思ひて、今の時にくらぶべし。戰國の時のうきことを思ひて、今の太平を樂むべし。

新字:一万の事、はじめ、事のいまだ備らざりし時を思ひ、今にくらべなば、苦なく楽多かるべし。上古の時は、野に居り穴にすむ。五穀のはむべきなく、きぬ布の著るべきなし。もろもろの器なく、火食を知らず。其苦思ひやるべし。今の世の人は、上古にくらぶるに、事毎にそなはりて、楽むべし。又我がはじめ貧賤なる苦を思ひて、今の時にくらぶべし。戦国の時のうきことを思ひて、今の太平を楽むべし。

書き下し

一万の事、はじめ、事のいまだ備らざりし時を思ひ、今にくらべなば、苦なく楽多かるべし。上古の時は、野に居り穴にすむ。五穀のはむべきなく、きぬ布の著るべきなし。もろもろの器なく、火食を知らず。其苦思ひやるべし。今の世の人は、上古にくらぶるに、事毎にそなはりて、楽むべし。又我がはじめ貧賤なる苦を思ひて、今の時にくらぶべし。戦国の時のうきことを思ひて、今の太平を楽むべし。

現代語訳

万事について、はじめ物事がまだ備わっていなかった時を思い、今と比べれば、苦しみはなく楽しみが多いでしょう。上古の時代は、野にいて穴に住んでいました。五穀の食べるものもなく、絹や布の着るものもありませんでした。さまざまな器もなく、火で煮炊きすることも知りませんでした。その苦しみを思いやるべきです。今の世の人は、上古に比べれば、何事にも備わっているのですから楽しむべきです。また自分がはじめ貧賤であった苦しみを思って、今の時と比べるべきです。戦国時代のつらさを思って、今の太平を楽しむべきです。

解説

穴に住み、穀物も衣服も器もなく火も使わなかった上古の暮らしと比べれば、今の暮らしは何もかも備わっている、と益軒は言います。さらに自分の若い頃の貧しさや、戦国時代の苦しさとも比べてみよと勧めます。これは前の条の「下と比べる」を、時間の軸に広げた考え方です。生活が便利になるほど、人は小さな不便に不満を抱きがちです。電気も水道もなかった時代や、自分が苦労していた頃を思い出すと、今の暮らしの豊かさが実感できるでしょう。

この章句が説くこと

足る感謝比較太平楽しみ

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