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楽訓 / 巻之下・後論

一我がともがら才もなく德もなく、君を助け民をたすくるわざなけれども、一步の田をつくらず、一本の麻をうゑずして、食に飽き、衣をあたゝかに著、家に居て風雨にをかされず。是大なる幸なり。農夫は又日夜耕作に苦めども、うゑこゞえを免れず、あはれむべし。是を思ひて、我が身まどしくとも、うれひなく樂むべし。外を求め上をねがふは、おごりて分を知らざるなり。古語に曰、上にたくらぶれば足らざれども、下にくらぶれば餘あり。是を以て、我が身を樂むべし。

新字:一我がともがら才もなく徳もなく、君を助け民をたすくるわざなけれども、一歩の田をつくらず、一本の麻をうゑずして、食に飽き、衣をあたゝかに著、家に居て風雨にをかされず。是大なる幸なり。農夫は又日夜耕作に苦めども、うゑこゞえを免れず、あはれむべし。是を思ひて、我が身まどしくとも、うれひなく楽むべし。外を求め上をねがふは、おごりて分を知らざるなり。古語に曰、上にたくらぶれば足らざれども、下にくらぶれば余あり。是を以て、我が身を楽むべし。

書き下し

一我がともがら才もなく徳もなく、君を助け民をたすくるわざなけれども、一歩の田をつくらず、一本の麻をうゑずして、食に飽き、衣をあたたかに著、家に居て風雨にをかされず。是大なる幸なり。農夫は又日夜耕作に苦めども、うゑこごえを免れず、あはれむべし。是を思ひて、我が身まどしくとも、うれひなく楽むべし。外を求め上をねがふは、おごりて分を知らざるなり。古語に曰、上にたくらぶれば足らざれども、下にくらぶれば余あり。是を以て、我が身を楽むべし。

現代語訳

私たちは才もなく徳もなく、君を助け民を助ける働きもないのに、一歩の田も作らず、一本の麻も植えずに、食に飽き、衣服を暖かく着て、家にいて風雨にさらされません。これは大きな幸いです。農夫はまた日夜耕作に苦労しても、飢えや凍えを免れず、哀れむべきです。これを思って、自分が貧しくとも、憂えずに楽しむべきです。外に求め上を願うのは、驕って分を知らないのです。古語に「上に比べれば足りないが、下に比べれば余りある」と言います。これによって自分の身を楽しむべきです。

解説

武士や学者として俸禄で暮らす自分たちは、田も耕さず麻も植えないのに衣食住に困らない、それは大きな幸いだと益軒は言い、日夜働いても飢えを免れない農民を思いやります。「上に比ぶれば足らず、下に比ぶれば余りあり」という古語で、比べる向きを変えれば心は満たされると説きます。私たちの食卓も、見えないところで多くの人の労働に支えられています。その支えを思えば、少々の不足を嘆くより、今ある暮らしに感謝する気持ちが自然に湧いてくるでしょう。

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