楽訓 / 巻之下・後論
一榮啓期が三の樂は、人となり、男子となり、いのち長かりしをいへりしは、誠にさる事なり。今の世の人は、此上に、又大に樂むべきことひとつあり。これを知りて、人ごとに樂むべし。其の可樂はなんぞ。大君の御めぐみによりて、かゝる太平の御世に生れ、堯舜の仁にあひて、白頭まで干戈を見ず、是大なる樂にあらずや。康節の世を論ぜし詞に、太平の世に生れ、太平の世に老い、太平の世に死ぬるといへりしは、誠に大なる幸なり。今の世の人皆しかり。亂世に生れては、朝夕兵革を事とし、或は難をのがれさけて、身のおき所もなく、山にも海にも、白波の立田山、夜半にひとり行きがたきのみならず、白日といへど、同じき輩多く伴はざれば、近き所にも往きかへる事やすからざりしとなん。
新字:一栄啓期が三の楽は、人となり、男子となり、いのち長かりしをいへりしは、誠にさる事なり。今の世の人は、此上に、又大に楽むべきことひとつあり。これを知りて、人ごとに楽むべし。其の可楽はなんぞ。大君の御めぐみによりて、かゝる太平の御世に生れ、堯舜の仁にあひて、白頭まで干戈を見ず、是大なる楽にあらずや。康節の世を論ぜし詞に、太平の世に生れ、太平の世に老い、太平の世に死ぬるといへりしは、誠に大なる幸なり。今の世の人皆しかり。乱世に生れては、朝夕兵革を事とし、或は難をのがれさけて、身のおき所もなく、山にも海にも、白波の立田山、夜半にひとり行きがたきのみならず、白日といへど、同じき輩多く伴はざれば、近き所にも往きかへる事やすからざりしとなん。
書き下し
一栄啓期が三の楽は、人となり、男子となり、いのち長かりしをいへりしは、誠にさる事なり。今の世の人は、此上に、又大に楽むべきことひとつあり。これを知りて、人ごとに楽むべし。其の可楽はなんぞ。大君の御めぐみによりて、かかる太平の御世に生れ、堯舜の仁にあひて、白頭まで干戈を見ず、是大なる楽にあらずや。康節の世を論ぜし詞に、太平の世に生れ、太平の世に老い、太平の世に死ぬるといへりしは、誠に大なる幸なり。今の世の人皆しかり。乱世に生れては、朝夕兵革を事とし、或は難をのがれさけて、身のおき所もなく、山にも海にも、白波の立田山、夜半にひとり行きがたきのみならず、白日といへど、同じき輩多く伴はざれば、近き所にも往きかへる事やすからざりしとなん。
現代語訳
栄啓期の三つの楽しみは、人として生まれ、男子として生まれ、長生きしたことを言ったもので、実にもっともなことです。今の世の人には、このうえにまた大いに楽しむべきことが一つあります。これを知って、人ごとに楽しむべきです。その楽しむべきこととは何か。大君のお恵みによって、このような太平の御世に生まれ、堯舜のような仁政にあって、白髪になるまで戦を見ない、これは大きな楽しみではありませんか。邵康節が世を論じた言葉に「太平の世に生まれ、太平の世に老い、太平の世に死ぬ」とあるのは、実に大きな幸いです。今の世の人は皆そうなのです。乱世に生まれては、朝夕戦を事とし、あるいは難を逃れ避けて身の置き所もなく、山にも海にも盗賊がいて、夜半に一人で行くことができないだけでなく、白昼でも仲間を大勢連れなければ、近い所へも行き来するのが容易でなかったといいます。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『養生訓』巻第一・総論上一およそ人の楽むべき事三あり。一には、身に道を行ひ、ひが事なくして善を楽むにあり。二には、身に病なくして快く楽むにあり。三には、命ながくして久しく楽むにあり。富貴にしても、此の三の楽なければ真の楽なし。故に富貴は此の三楽の内にあらず。もし心に善を楽まず、又養生の道を知らずして身に病多く、其のはては短命なる人は、此の三楽を得ず。人となりて此の三楽を得る計なくんばあるべからず。此の三楽なくんば、いかなる大富貴をきはむとも益なかるべし。
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説苑・雜言孔子、栄啓期に見ゆ。鹿皮の裘を衣、瑟を鼓して歌う。孔子問いて曰く、「先生何をか楽しむや」と。対えて曰く、「吾が楽しみ甚だ多し。天万物を生ずるに唯だ人を貴しと為す、吾既已に人と為るを得たり、是れ一の楽しみなり。人は男を以て貴しと為す、吾既已に男と為るを得たり、是れ二の楽しみなり。人生は襁褓を免れず、吾が年已に九十五なり、是れ三の楽しみなり。夫れ貧は士の常なり、死は民の終なり。常に処りて終わりを待つ、当に何をか憂えんや」と。
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『列子』天瑞篇孔子太山に遊び、榮啓期の郕の野を行くを見るに、鹿裘帶索し、琴を鼓して歌う。孔子問いて曰く、先生の樂しむ所以は何ぞや、と。對えて曰く、吾が樂しみ甚だ多し。天萬物を生じ、唯だ人を貴しと爲す。而して吾人と爲るを得たり、是れ一の樂しみなり。男女の別、男は尊く女は卑し、故に男を以て貴しと爲す。吾既に男と爲るを得たり、是れ二の樂しみなり。人生まれて日月を見ず、襁褓を免れざる者有り。吾既に行年九十なり、是れ三の樂しみなり。貧は士の常なり、死は人の終わりなり。常に處りて終わりを得ば、當に何をか憂うべけんや、と。孔子曰く、善いかな、能く自ら寬うする者なり、と。
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『初学訓』巻之二一いにしへの乱世の時を聞くに、力ある者は、つねに干戈を事として、しばしば戦にのぞみ、力なき者は、粮をつつみて、時々山林に逃げかくる。一日も、安堵の思ひなし。これを思ひて、今の太平の御代の、安穏にして無事なるを楽むべし。農工商は、君に仕へずといへども、又、其国郡を治め給ふ君恩を忘るべからず。大君の御めぐみによりて、かかる太平の楽を享くることを喜ぶべし。
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『楽訓』巻之下・後論一人ごとに生れつきたる楽あれども、学ばざれば、己が物なりながら知らず。衆人の楽はみな外欲にあり。是をほしいままにすれば、却て我が身のわざはひも是よりおこる。君子は学んで道を楽み、命を安んじて貧をうれへず。閑を得ては書をよみ、時節を感じ、風景を翫び、月花をめで、詩歌を吟し、草木を愛する、此あまたの事、かはるがはる楽まば、朝夕の楽きはまりなかるべし。老いては、心やすく身楽にして、貧賤を甘んずるこそ、折にかなひて宜しかるべけれ。かかる時楽まずんば、日月逝きて止らず。をしむべし。かくの如く、世にきはまりなき楽あるを知らで、何となく憂ひくるしみて過さんは、まことに不幸の人、一生を空しくすといふべし。
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『楽訓』巻之下・後論一万の事、はじめ、事のいまだ備らざりし時を思ひ、今にくらべなば、苦なく楽多かるべし。上古の時は、野に居り穴にすむ。五穀のはむべきなく、きぬ布の著るべきなし。もろもろの器なく、火食を知らず。其苦思ひやるべし。今の世の人は、上古にくらぶるに、事毎にそなはりて、楽むべし。又我がはじめ貧賤なる苦を思ひて、今の時にくらぶべし。戦国の時のうきことを思ひて、今の太平を楽むべし。
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