初学訓 / 巻之二
一いにしへの亂世の時を聞くに、力ある者は、つねに干戈を事として、しばしば戰にのぞみ、力なき者は、粮をつゝみて、時々山林に逃げかくる。一日も、安堵の思ひなし。これを思ひて、今の太平の御代の、安穩にして無事なるを樂むべし。農工商は、君に仕へずといへども、又、其國郡を治め給ふ君恩を忘るべからず。大君の御めぐみによりて、かゝる太平の樂を享くることを喜ぶべし。
新字:一いにしへの乱世の時を聞くに、力ある者は、つねに干戈を事として、しばしば戦にのぞみ、力なき者は、粮をつゝみて、時々山林に逃げかくる。一日も、安堵の思ひなし。これを思ひて、今の太平の御代の、安穏にして無事なるを楽むべし。農工商は、君に仕へずといへども、又、其国郡を治め給ふ君恩を忘るべからず。大君の御めぐみによりて、かゝる太平の楽を享くることを喜ぶべし。
書き下し
一いにしへの乱世の時を聞くに、力ある者は、つねに干戈を事として、しばしば戦にのぞみ、力なき者は、粮をつつみて、時々山林に逃げかくる。一日も、安堵の思ひなし。これを思ひて、今の太平の御代の、安穏にして無事なるを楽むべし。農工商は、君に仕へずといへども、又、其国郡を治め給ふ君恩を忘るべからず。大君の御めぐみによりて、かかる太平の楽を享くることを喜ぶべし。
現代語訳
昔の乱世のことを聞くと、力のある者は常に戦を事として、たびたび戦に臨み、力のない者は兵糧を包んで、ときどき山林に逃げ隠れました。一日も安心して過ごせる思いがありませんでした。これを思って、今の太平の御代が安穏で無事であることを楽しむべきです。農工商の人々は主君に仕えてはいないけれども、その国や郡を治めておられる主君の恩を忘れてはいけません。大君のお恵みによって、このような太平の楽しみを受けていることを喜ぶべきです。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『初学訓』巻之二此四恩は人の本なり。人たる者、つねに尊びて忘るべからず。身を終るまで務めて、其恩を必ず報ずべきことなり。四恩に限らず、人倫には、必ず恩をうくる人あり。忘るべからず。一今の世に生るる人、乱世にあはず、治世に住めるは、大なる幸なり。是、世を治め給ふ大君の御めぐみなり。大君は、たとへば、天地を大父母とするが如し。主君の上なる大主君なり。其御威徳によりて、世をさまり、わが身安楽に此世に住めれば、是亦、四民ともに、大恩をかうぶれり。其御めぐみを仰ぎて、忘るべからず。
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『君子訓』序昔の人太平の世に生るるを以て楽とせり。もし乱世に生れなば、憂ひにしづみて身を終りなん、豈不幸にあらずや。上世の事は遠ければ、治乱の跡もさだかならず。中頃より、或は治まり或は乱れ、終に足利氏の世となり、十三世の間兵乱止まず、天下の人民手足をおく処なくしてひさしく愁ひ苦めり。其後英武の君一人二人相継ぎて興りたまひしかど、徳足らずして久しく生を保つことあたはざりき。いま此御世となりて、筑波山のしげき御恵により、飛鳥川の淵瀨になるうらみなく、四つの海波静かに、七つの道おだやかなり。かかる太平の時に生れあへる事、昔の人の楽とする所にして、今の人の幸はなはだし。いかなれば、昔の民乱世に苦みたる彼が如く、今の民治世に楽めること此の如くなるや。
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『楽訓』巻之下・後論一万の事、はじめ、事のいまだ備らざりし時を思ひ、今にくらべなば、苦なく楽多かるべし。上古の時は、野に居り穴にすむ。五穀のはむべきなく、きぬ布の著るべきなし。もろもろの器なく、火食を知らず。其苦思ひやるべし。今の世の人は、上古にくらぶるに、事毎にそなはりて、楽むべし。又我がはじめ貧賤なる苦を思ひて、今の時にくらぶべし。戦国の時のうきことを思ひて、今の太平を楽むべし。
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『楽訓』巻之下・後論老いては身の死なざる事をきらふと云ひしは、古の人、乱世の苦をいへるなり。かかる世に生れし人の苦、今より思ひやるにも悲むべし。昔より乱世は多く、治世はすくなし。今の人は、いにしへ兵乱の世久しくつづきて、不幸にうれひにしづめる事を思ひやりて、我が大君の御めぐみと、今の世の太平の楽をわするべからず。蓼虫はからきことを知らず。今の世に生れては、今の世の楽を知れる人すくなし。古を思ひやりて、今の世を楽むべし。
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『楽訓』巻之下・後論一栄啓期が三の楽は、人となり、男子となり、いのち長かりしをいへりしは、誠にさる事なり。今の世の人は、此上に、又大に楽むべきことひとつあり。これを知りて、人ごとに楽むべし。其の可楽はなんぞ。大君の御めぐみによりて、かかる太平の御世に生れ、堯舜の仁にあひて、白頭まで干戈を見ず、是大なる楽にあらずや。康節の世を論ぜし詞に、太平の世に生れ、太平の世に老い、太平の世に死ぬるといへりしは、誠に大なる幸なり。今の世の人皆しかり。乱世に生れては、朝夕兵革を事とし、或は難をのがれさけて、身のおき所もなく、山にも海にも、白波の立田山、夜半にひとり行きがたきのみならず、白日といへど、同じき輩多く伴はざれば、近き所にも往きかへる事やすからざりしとなん。
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『楽訓』巻之下・後論一我がともがら才もなく徳もなく、君を助け民をたすくるわざなけれども、一歩の田をつくらず、一本の麻をうゑずして、食に飽き、衣をあたたかに著、家に居て風雨にをかされず。是大なる幸なり。農夫は又日夜耕作に苦めども、うゑこごえを免れず、あはれむべし。是を思ひて、我が身まどしくとも、うれひなく楽むべし。外を求め上をねがふは、おごりて分を知らざるなり。古語に曰、上にたくらぶれば足らざれども、下にくらぶれば余あり。是を以て、我が身を楽むべし。
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