養生訓 / 巻第一・総論上
一およそ人の樂むべき事三あり。一には、身に道を行ひ、ひが事なくして善を樂むにあり。二には、身に病なくして快く樂むにあり。三には、命ながくして久しく樂むにあり。富貴にしても、此の三の樂なければ眞の樂なし。故に富貴は此の三樂の内にあらず。もし心に善を樂まず、又養生の道を知らずして身に病多く、其のはては短命なる人は、此の三樂を得ず。人となりて此の三樂を得る計なくんばあるべからず。此の三樂なくんば、いかなる大富貴をきはむとも益なかるべし。
新字:一およそ人の楽むべき事三あり。一には、身に道を行ひ、ひが事なくして善を楽むにあり。二には、身に病なくして快く楽むにあり。三には、命ながくして久しく楽むにあり。富貴にしても、此の三の楽なければ真の楽なし。故に富貴は此の三楽の内にあらず。もし心に善を楽まず、又養生の道を知らずして身に病多く、其のはては短命なる人は、此の三楽を得ず。人となりて此の三楽を得る計なくんばあるべからず。此の三楽なくんば、いかなる大富貴をきはむとも益なかるべし。
書き下し
一およそ人の楽むべき事三あり。一には、身に道を行ひ、ひが事なくして善を楽むにあり。二には、身に病なくして快く楽むにあり。三には、命ながくして久しく楽むにあり。富貴にしても、此の三の楽なければ真の楽なし。故に富貴は此の三楽の内にあらず。もし心に善を楽まず、又養生の道を知らずして身に病多く、其のはては短命なる人は、此の三楽を得ず。人となりて此の三楽を得る計なくんばあるべからず。此の三楽なくんば、いかなる大富貴をきはむとも益なかるべし。
現代語訳
およそ人が楽しむべきことは三つあります。一つには、身に道を行い、ひがごとなく善を楽しむことです。二つには、身に病がなく快く楽しむことです。三つには、命が長く久しく楽しむことです。富貴であっても、この三つの楽しみがなければ本当の楽しみはありません。ですから富貴はこの三楽のうちに入りません。もし心に善を楽しまず、また養生の道を知らずに身に病が多く、そのはてに短命な人は、この三楽を得られません。人として生まれて、この三楽を得るはかりごとがなくてはなりません。この三楽がなければ、どれほどの大富貴をきわめても益はないでしょう。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『初学訓』巻之四一すべて、世俗は、耳目口腹の慾を、恣にするを楽とす。然らざれば、大富貴を得てもかひなしといふ。是、まことに小人の心なり。其志むげにいやしむべし。かかるいやしき楽を志とし、酒食色慾を恣にする人は、必ず財つきて貧窮に苦み、人を妨げ、恥辱をとりて、名を失ひ、元気衰へ、病生じて、命をうしなふ。いはんや禍となり、富貴をうしなふ。悲むべし、何ぞ楽とすべきや。道を行ひ、人を救ひ、分を安んじ、理に従ふほどの楽、此世の中に、何かあるべきや。尊き卑しき、ただ是を以て楽とすべし。道を行ひ人をすくふを楽とせずして、あだなる世俗の楽を願ふは、大富貴を得たりとも、誠に不幸なる人といふべし。富貴の人は、ことさら身の慾を、慎みほしいままにせず、貧困なる者をあはれみ施すことを楽むべし。耳目口腹の慾を恣にすれば、道に背きて楽を失ひ、却つて禍となる。大富貴の人といへども、財を費し尽して、困窮のうれへ遁れがたし。いはんや慾をほしいままにすれば、名を汚し、財禄と官位を失ひ、病を生じ、身を苦めて命をうしなふ。わざはひ是より大なるはなし。
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『楽訓』巻之上・総論一凡生けるもの、静にいとまあるはまれなり。富貴の人は、古より世ごとにおほけれど、心安くして憂苦なく、身閑にいとまありて、つねに楽む人は、世にまれなり。是を以て、清福の楽、富貴にまされること、はるかに越えたることを知るべし。おろかなる人は、清福を得ても、知らずして楽まず。又清福を知りても、身に清福なければ此楽なし。此清福を得る人、世にすくなきは、天の惜み給ふ所なれば、尤得がたしといへり。もし此清福の楽を知りて、清福を得たらん人は、世に類すくなき福なり。天の物を生ずる、二ながら全からず。花よきものは、実よからざるが如し。すでに清福を得たる人は、さらに富貴を願ふべからず。二ながら得んとするは、欲ふかくして、天命にそむけり。かかる楽を得ても、猶外をねがひ、富貴をうらやみて、自ら足る事を知らざるは、分を知らずして、楽をわするるなり。愚なるかな。
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『楽訓』巻之下・後論一栄啓期が三の楽は、人となり、男子となり、いのち長かりしをいへりしは、誠にさる事なり。今の世の人は、此上に、又大に楽むべきことひとつあり。これを知りて、人ごとに楽むべし。其の可楽はなんぞ。大君の御めぐみによりて、かかる太平の御世に生れ、堯舜の仁にあひて、白頭まで干戈を見ず、是大なる楽にあらずや。康節の世を論ぜし詞に、太平の世に生れ、太平の世に老い、太平の世に死ぬるといへりしは、誠に大なる幸なり。今の世の人皆しかり。乱世に生れては、朝夕兵革を事とし、或は難をのがれさけて、身のおき所もなく、山にも海にも、白波の立田山、夜半にひとり行きがたきのみならず、白日といへど、同じき輩多く伴はざれば、近き所にも往きかへる事やすからざりしとなん。
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