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楽訓 / 巻之下・後論

富貴をきはめて、萬の事心のまゝなる人も、唯命のさいはひのみ心にかなはず。されども是また生れつきて天命の定まれる所なれば、みじかしとて悲むべき理にあらず。此理に達し、天命を樂みて、身ををはるべし。死ぬる時、もし苦みかなしまば、平生樂めりとも、かひなかるべし。をはりを愼むべし。たとへば松は千年をたもち、槿花は唯一日のみ。長短各ことなり。是生れつきて定まれる分あれば、みじかきは長きを羨むべからず、各其分を安んずべし。

新字:富貴をきはめて、万の事心のまゝなる人も、唯命のさいはひのみ心にかなはず。されども是また生れつきて天命の定まれる所なれば、みじかしとて悲むべき理にあらず。此理に達し、天命を楽みて、身ををはるべし。死ぬる時、もし苦みかなしまば、平生楽めりとも、かひなかるべし。をはりを慎むべし。たとへば松は千年をたもち、槿花は唯一日のみ。長短各ことなり。是生れつきて定まれる分あれば、みじかきは長きを羨むべからず、各其分を安んずべし。

書き下し

富貴をきはめて、万の事心のままなる人も、唯命のさいはひのみ心にかなはず。されども是また生れつきて天命の定まれる所なれば、みじかしとて悲むべき理にあらず。此理に達し、天命を楽みて、身ををはるべし。死ぬる時、もし苦みかなしまば、平生楽めりとも、かひなかるべし。をはりを慎むべし。たとへば松は千年をたもち、槿花は唯一日のみ。長短各ことなり。是生れつきて定まれる分あれば、みじかきは長きを羨むべからず、各其分を安んずべし。

現代語訳

富貴をきわめて、万事が思いのままの人でも、ただ寿命の幸いだけは思うようになりません。けれどもこれもまた生まれつきで天命の定めたところですから、短いからといって悲しむべき道理ではありません。この道理に通じ、天命を楽しんで身を終えるべきです。死ぬ時にもし苦しみ悲しむなら、平生楽しんでいたとしても甲斐がないでしょう。終わりを慎むべきです。たとえば松は千年を保ち、槿(むくげ)の花はただ一日だけです。長短はそれぞれ異なります。これは生まれつき定まった分なので、短いものは長いものをうらやむべきではなく、それぞれその分に安んずべきです。

解説

どれほどの富貴も寿命だけは自由にならない、しかしそれも天命であり、短いからと悲しむ理はないと説きます。千年の松と一日の槿花を対比させる「槿花一日の栄」は白居易の詩句に由来する表現として知られます。益軒が強調するのは「をはりを慎むべし」、つまり死に際に取り乱せば平生の楽しみも台無しになるという点です。終活という言葉が広まった今、どう死を迎えるかを考えることは、どう生きるかを考えることでもあると教えてくれます。

この章句が説くこと

寿命天命死分覚悟

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