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楽訓 / 巻之下・後論

一つらつら世の中の人の命をかんがふるに、長生の人すくなし。いとけなき時より、よそぢに至る間に、世を早くする人おほし。五十を不夭とす。不夭とすとは、若死に非ずと云ふ意なり。六十を下壽とし、七十を古稀といへるは、むべなるかな。わかき時より、なれむつまじき人々のかずかず、其面影目の前なりしも、おほくは亡なり行きて、年の經ぬるは誠にかなしむべし。花の春ごとに開くを見ても、昔の人のかへり來らざるをうらむ。是を思ひて、わが齢久しきを悅ぶべし。白髪の新にして又新なるを歎くべからず。

新字:一つらつら世の中の人の命をかんがふるに、長生の人すくなし。いとけなき時より、よそぢに至る間に、世を早くする人おほし。五十を不夭とす。不夭とすとは、若死に非ずと云ふ意なり。六十を下寿とし、七十を古稀といへるは、むべなるかな。わかき時より、なれむつまじき人々のかずかず、其面影目の前なりしも、おほくは亡なり行きて、年の経ぬるは誠にかなしむべし。花の春ごとに開くを見ても、昔の人のかへり来らざるをうらむ。是を思ひて、わが齢久しきを悦ぶべし。白髪の新にして又新なるを嘆くべからず。

書き下し

一つらつら世の中の人の命をかんがふるに、長生の人すくなし。いとけなき時より、よそぢに至る間に、世を早くする人おほし。五十を不夭とす。不夭とすとは、若死に非ずと云ふ意なり。六十を下寿とし、七十を古稀といへるは、むべなるかな。わかき時より、なれむつまじき人々のかずかず、其面影目の前なりしも、おほくは亡なり行きて、年の経ぬるは誠にかなしむべし。花の春ごとに開くを見ても、昔の人のかへり来らざるをうらむ。是を思ひて、わが齢久しきを悦ぶべし。白髪の新にして又新なるを嘆くべからず。

現代語訳

つくづく世の中の人の寿命を考えると、長生きの人は少ないものです。幼い時から四十歳に至るまでの間に、早く世を去る人が多い。五十歳を「不夭」とします。不夭とは若死にではないという意味です。六十を下寿とし、七十を古稀と言うのは、もっともなことです。若い時から親しく睦まじくしてきた人々の数々も、その面影は目の前にあるようなのに、多くは亡くなってしまい、年を経るのは本当に悲しいことです。花が春ごとに咲くのを見ても、昔の人が帰って来ないのを恨めしく思います。これを思って、自分の寿命が長いことを悦ぶべきです。白髪が新しく、また新しく増えるのを歎いてはなりません。

解説

『楽訓』の後論の冒頭です。四十前に亡くなる人が多く、五十で「若死にではない」とされた時代に、81歳の益軒は、親しかった人々の多くに先立たれた寂しさを率直に語ります。それでも、だからこそ自分が長生きしている幸いを悦び、白髪が増えることを嘆くなと説きます。七十を古稀と呼ぶのは杜甫の詩に由来します。人生百年と言われる今でも、老いを失うものとして数えるか、生きてこられた恵みとして数えるかで、晩年の心持ちは大きく変わるでしょう。

この章句が説くこと

長寿老い楽しみ天命無常

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