導師導古典を学びたいすべての人に

楽訓 / 巻之中・節序

一長月の末になりぬれば、秋の花みな衰へ、蟲の音も鳴きかれて、紅葉やうやう色づきぬれば、秋の暮れ行く物思も亦ふかし。秋は唯今日ばかりぞと眺むるも、名殘いとをしむべし。春の盡くるにくらぶれば、草も木も、やうやう枯れはてゝ、行末の景色まで思ひやられて寂し。

新字:一長月の末になりぬれば、秋の花みな衰へ、虫の音も鳴きかれて、紅葉やうやう色づきぬれば、秋の暮れ行く物思も亦ふかし。秋は唯今日ばかりぞと眺むるも、名残いとをしむべし。春の尽くるにくらぶれば、草も木も、やうやう枯れはてゝ、行末の景色まで思ひやられて寂し。

書き下し

一長月の末になりぬれば、秋の花みな衰へ、虫の音も鳴きかれて、紅葉やうやう色づきぬれば、秋の暮れ行く物思も亦ふかし。秋は唯今日ばかりぞと眺むるも、名残いとをしむべし。春の尽くるにくらぶれば、草も木も、やうやう枯れはてて、行末の景色まで思ひやられて寂し。

現代語訳

九月の末になると、秋の花はみな衰え、虫の音も鳴きかれて、紅葉がしだいに色づくと、暮れていく秋の物思いもまた深くなります。秋はただ今日かぎりと眺めるのも、名残をたいそう惜しむべきです。春が尽きるのに比べると、草も木もしだいに枯れ果てて、これから先の景色まで思いやられて寂しいものです。

解説

秋の終わりを惜しむ短い段です。花が衰え虫の声も絶え、紅葉が色づく晩秋の物思いを描きます。春の終わりは次に来る夏の緑への期待がありますが、秋の終わりは草木が枯れ果て、この先の冬枯れまで思いやられるので一層寂しい、と両者の違いを見分けています。益軒は寂しさを無理に打ち消さず、名残を惜しむ気持ちそのものを季節の味わいとして受け止めています。終わりに向かう寂しさを感じ取れる心は、物事を大切にする心の裏返しでもあり、人生の節目を丁寧に過ごすことにつながります。

この章句が説くこと

秋名残寂しさ心季節

関連する章句

古典の入門書『人生の教科書』の表紙

人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。

古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。

本の中身を見る
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)+師導1か月=700円 本を見る