楽訓 / 巻之中・節序
一冬も來ぬれば、今朝よりなるゝ埋火のもと、やうやう立はなれがたし。露と霜とおきかはし、紅葉いろ濃く、木々のこずゑ、淺茅が原も、冬枯の景色となり、おもがはりするも、秋にことなる眺なり。神無月の液雨もすぎて、日あたゝかなれば、すこし春ある心地す。むべ此月を小春とぞいへる。されど一の日二の日、やうやくかさなれば、風氣いよいよはげしく、木の葉ふりて、山もあらはに見え、殘れる松も峯にさびし。春夏秋のえんなる景色、よそほしかりつる有樣、皆此時にいたりて盡きぬれば、ことの外にもかはれる空かなと、目おどろかれぬる。日頃雪いみじう降りて、いかめしう積りたる曉は、山も里も、ひたすら銀世界となりて、世かはり、景色ことなるありさまなり。
新字:一冬も来ぬれば、今朝よりなるゝ埋火のもと、やうやう立はなれがたし。露と霜とおきかはし、紅葉いろ濃く、木々のこずゑ、浅茅が原も、冬枯の景色となり、おもがはりするも、秋にことなる眺なり。神無月の液雨もすぎて、日あたゝかなれば、すこし春ある心地す。むべ此月を小春とぞいへる。されど一の日二の日、やうやくかさなれば、風気いよいよはげしく、木の葉ふりて、山もあらはに見え、残れる松も峯にさびし。春夏秋のえんなる景色、よそほしかりつる有様、皆此時にいたりて尽きぬれば、ことの外にもかはれる空かなと、目おどろかれぬる。日頃雪いみじう降りて、いかめしう積りたる暁は、山も里も、ひたすら銀世界となりて、世かはり、景色ことなるありさまなり。
書き下し
一冬も来ぬれば、今朝よりなるる埋火のもと、やうやう立はなれがたし。露と霜とおきかはし、紅葉いろ濃く、木々のこずゑ、浅茅が原も、冬枯の景色となり、おもがはりするも、秋にことなる眺なり。神無月の液雨もすぎて、日あたたかなれば、すこし春ある心地す。むべ此月を小春とぞいへる。されど一の日二の日、やうやくかさなれば、風気いよいよはげしく、木の葉ふりて、山もあらはに見え、残れる松も峯にさびし。春夏秋のえんなる景色、よそほしかりつる有様、皆此時にいたりて尽きぬれば、ことの外にもかはれる空かなと、目おどろかれぬる。日頃雪いみじう降りて、いかめしう積りたる暁は、山も里も、ひたすら銀世界となりて、世かはり、景色ことなるありさまなり。
現代語訳
冬が来ると、今朝から慣れ親しむ埋み火のそばを、しだいに離れがたくなります。露と霜が置き交わし、紅葉は色濃く、木々の梢も浅茅が原も冬枯れの景色となり、様変わりするのも、秋とは異なる眺めです。十月の時雨も過ぎて日が暖かいと、少し春のような心地がします。なるほどこの月を小春と言うわけです。けれども一日二日と日が重なると、風はいよいよ激しく、木の葉が散って山もあらわに見え、残った松も峰に寂しく立っています。春夏秋の艶やかな景色、装いを凝らした有様が、みなこの時に至って尽きてしまうので、ことのほか変わった空だなあと目を見張らされます。日頃、雪がひどく降って、いかめしく積もった明け方は、山も里もひたすら銀世界となって、世界が変わったように、景色の異なる有様です。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
『楽訓』巻之中・節序一いでや天地の内にみちたる四時のけしきの、きはまりなき楽をいはん。春はまづ一夜のほどにあらたまの年立ちかへる朝の空の光、心づからにや、旧年にかはりて長閑けし。睦月はことたつとて、貧しき家にも、春盤などいふものをまうく。又かはらけとりいで、おほみきすすめて、まづつとめて父母にことぶきし、次にみづから祝し、賓客にももてなすさまなど、つねにかはりて、いとなんいみじう珍かなり。時は今は四の始なれば、そらのけしきやうやう引きかへ、こち風ゆるく吹きて、氷とけ、遠き山辺に霞のうすくたなびける、さまざまに物けざやかに見えて、冬の空に立ちかはれる粧、まづ春の来れるしるしあらはなり。かきねがくれに、冬より残れる雪の、ところどころはだれに見ゆるも、去年の名残をしむべし。
-
『楽訓』巻之中・節序冬ごもりせし梢の枯れたるも、ふたたび花さけるが如し。ことさら冬の夜のすめる月に、雪の光りあひたる空こそ、見る人なく、ひとり身にしみて、あはれも深けれ。空霽れて後まで、友待つばかり所々に消え残りたるはだれ雪も、いと心にくし。かかる時、するわざなく、唯袖くくみして、いららぎ居る人は、いとわびしげに見ゆ。或は埋火にむかひ、文をまきひろぐるを以てわざとする人は、楽深くぞありぬべき。凡の事、年に先立ちて早くはかるべし。若き時つとめて文をよみ習はば、かかる時もわびしかるまじ。
-
『楽訓』巻之中・節序一秋来ぬれば、はつ風涼しくうち吹きて、草木のそよぎ、秋の声の、いづこにも打なびきて聞ゆるこそ、はつ春の風にかはり、心をいたましめ、身にしみて、金気の至れるしるべとおぼゆれ。きりぎりすの、きざはしのもとにすだくも、折知り顔に聞えさす。阮籍が懐を詠ぜし詩に、開秋涼気を兆し、蟋蟀床帷に鳴くと云ひしも、此比の景気をいへるなり。大暑やうやく退き、新涼すでに来りぬれば、あたかも酷吏の去りて、故人のここに来れる心地ぞすなる。この比は、人の形気力を得て、灯も親しくなりぬれば、古き書どもまきのぶるに、時を得て、万の楽にまさり、こよなう面白し。荻のうは風萩の下つゆ、さまざまの虫の音、皆秋のあはれを催して、身にしむ事かぎりなし。
-
『楽訓』巻之中・節序一冬の末つ方にも至りぬれば、今年の日かず残りすくなく、暦の軸あらはるるばかりにて、春のとなり既に近し。年の終るはをしむべく、齢のかさなるはうれはしけれど、新しき年を迎ふるは、珍かにて喜ぶべし。此ころは、世の中の人何くれといそがはしせきあへず、おほくののしりて、走りまどふを、ひとり静かに見る人は、楽むべし。一年は、はかなき夢の心地して過ぎぬれば、あとをかへり見て、せちに名残をしむべし。老の身は、月日もいとどたちやすく、何ほどもなき一年なるを、数へ添るもうらめし。されど人の世をふるは、思はずも変多き事なるを、一年の内、わざはひなくて過ぎぬる人は、また楽しからずや。春秋の暮行くだに、名残をしむべし。
-
『楽訓』巻之中・節序一一年の内をすべて思ふに、春は陽気はじめてのぼり、万物生ず。空の景色のどかに、人の心もうららかにして賑はし。夏は陽気ことごとく上り、宇内にあまねく満ち、天地まじはりて、草木しげく、万物長す。秋は陽気はじめて下り、陰気のぼり、万物蔵まりて、景色いさぎよく、人の心にしみて、感ずる事ふかし。春に対して、はた裏表となれり。冬は陽気ことごとく下り、陰気専らにして、万物かくる。夏に対して、又裏表となれり。およそ一年のめぐり、冬にいたりて天地まじはらず、とぢふさがりて品物かくれぬれば、春生じ、夏長じ、秋をさむる如くなるしわざはなくて、月日多くうつろひ行けど、何のうるはしき景気も見えず、四時の内にて、為す事なくて、いたづらなる時ぞと見ゆれど、春夏秋のうるはしき景色と、なし出せるしわざと、此時にいたりとどまり、一年の大なる功をなしをはりて、そこばくの元気を深く貯へかくして、来れる春の本となる理をふくめるは、此時にぞあんなる。
-
『楽訓』巻之中・節序一長月の末になりぬれば、秋の花みな衰へ、虫の音も鳴きかれて、紅葉やうやう色づきぬれば、秋の暮れ行く物思も亦ふかし。秋は唯今日ばかりぞと眺むるも、名残いとをしむべし。春の尽くるにくらぶれば、草も木も、やうやう枯れはてて、行末の景色まで思ひやられて寂し。
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。
本の中身を見る