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楽訓 / 巻之中・節序

一秋は又夕暮のけしきこそ、たゞならず見ゆれ。薄霧のまがきに立ちのほるよそほひ、風のおと、蟲のね、いづれとなく人の心にしみて、春にもまさり、あはれ深し。秋は夕と、誰かいはざるべきや。夜長ければ、曉のかね人をおどろかしやすく、ねざめがちなり。ことさら老のねぶりは早くさめて、常に夜を殘せば、いのねられぬまゝに、懷古の心殘夜に生じて、來しかた行くすゑの事、思ひつゞけらる。老いては常に昔の事のみぞ忍ばしき。

新字:一秋は又夕暮のけしきこそ、たゞならず見ゆれ。薄霧のまがきに立ちのほるよそほひ、風のおと、虫のね、いづれとなく人の心にしみて、春にもまさり、あはれ深し。秋は夕と、誰かいはざるべきや。夜長ければ、暁のかね人をおどろかしやすく、ねざめがちなり。ことさら老のねぶりは早くさめて、常に夜を残せば、いのねられぬまゝに、懐古の心残夜に生じて、来しかた行くすゑの事、思ひつゞけらる。老いては常に昔の事のみぞ忍ばしき。

書き下し

一秋は又夕暮のけしきこそ、ただならず見ゆれ。薄霧のまがきに立ちのほるよそほひ、風のおと、虫のね、いづれとなく人の心にしみて、春にもまさり、あはれ深し。秋は夕と、誰かいはざるべきや。夜長ければ、暁のかね人をおどろかしやすく、ねざめがちなり。ことさら老のねぶりは早くさめて、常に夜を残せば、いのねられぬままに、懐古の心残夜に生じて、来しかた行くすゑの事、思ひつづけらる。老いては常に昔の事のみぞ忍ばしき。

現代語訳

秋はまた夕暮れの景色こそ、ただならず見えます。薄霧が垣根に立ち昇る装い、風の音、虫の声、どれとなく人の心にしみて、春にもまさって、あわれが深いものです。秋は夕べと、誰が言わないでいられましょう。夜が長いので、明け方の鐘が人を目覚めさせやすく、寝覚めがちになります。ことに老人の眠りは早く覚めて、いつも夜を残してしまうので、寝つかれないままに、昔を懐かしむ心が残りの夜に生じ、過ぎ去った昔やこれから先のことを、思い続けてしまいます。年をとっては、いつも昔のことばかりが慕わしいのです。

解説

秋の夕暮れの情趣と、老人の寝覚めを語る段です。清少納言の「秋は夕暮れ」を思わせる筆で、霧、風、虫の声が心にしみると述べます。そして秋の夜長、年寄りは眠りが浅く早く目が覚めて、昔のことやこれからのことを思い続けてしまう、と81歳の益軒が自分の姿を正直に書いています。眠れない夜を嘆くのでなく、懐古の情もまた秋の味わいの一つとして受け止めている点が大切です。老いに伴う変化を否定せず、そのまま味わおうとする態度は、高齢期の心の持ち方として参考になります。

この章句が説くこと

老い秋睡眠懐古心

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