楽訓 / 巻之中・節序
一志士は惜日短と、傅玄いへり。然れば、人皆苦炎熱、我愛夏日長と柳公權がいへるも、むべなるかな。暮れがたき夏の日は、もの學び、わざを勤むる人のために、まことに愛すべし。されども、炎暑のさかんなる時は、萬國紅爐の中にある如く、すゞろに汗あゆるばかりにて、身の力よわりて、いと堪へがたければ、夏の過ぎゆくは、春秋の盡くる日、冬の終など、名殘をしむには變りて、みな月祓する比になれば、心よし。唯年の半すでに過行くこそ、いと惜むべけれ。
新字:一志士は惜日短と、傅玄いへり。然れば、人皆苦炎熱、我愛夏日長と柳公権がいへるも、むべなるかな。暮れがたき夏の日は、もの学び、わざを勤むる人のために、まことに愛すべし。されども、炎暑のさかんなる時は、万国紅炉の中にある如く、すゞろに汗あゆるばかりにて、身の力よわりて、いと堪へがたければ、夏の過ぎゆくは、春秋の尽くる日、冬の終など、名残をしむには変りて、みな月祓する比になれば、心よし。唯年の半すでに過行くこそ、いと惜むべけれ。
書き下し
一志士は日の短きを惜しむと、傅玄いへり。然れば、人は皆炎熱に苦しむ、我は夏日の長きを愛すと柳公権がいへるも、むべなるかな。暮れがたき夏の日は、もの学び、わざを勤むる人のために、まことに愛すべし。されども、炎暑のさかんなる時は、万国紅炉の中にある如く、すずろに汗あゆるばかりにて、身の力よわりて、いと堪へがたければ、夏の過ぎゆくは、春秋の尽くる日、冬の終など、名残をしむには変りて、みな月祓する比になれば、心よし。唯年の半すでに過行くこそ、いと惜むべけれ。
現代語訳
「志士は日の短きを惜しむ」と傅玄は言いました。ですから「人は皆炎熱に苦しむ、我は夏日の長きを愛す」と柳公権が言ったのも、もっともなことです。暮れにくい夏の日は、物を学び、仕事に励む人のためには、まことに愛すべきものです。けれども暑さの盛んな時は、天下が真っ赤な炉の中にあるようで、むやみに汗が流れるばかりで、体の力が弱って、たいそう耐えがたいので、夏が過ぎていくのは、春や秋が尽きる日や冬の終わりなどの名残を惜しむのとは違って、六月祓をする頃になると、ほっとします。ただ一年の半分がすでに過ぎていくことこそ、たいそう惜しむべきことです。
解説
この章句が説くこと
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