導師導古典を学びたいすべての人に

楽訓 / 巻之中・節序

此比夕ぐれは、遠き山邊の燒けぬるも、目だつべき見ものなり。されば春入燒痕靑と云ひ、又野火燒不盡、春風吹後生といへるも、やけ野の草を詠ぜしなり。古詩に、池塘春草生といへりしは、此比の眼前のけしきを、唯ありのまゝに云へるなるべし。いやよひも半なる比、八重山吹の風にひるがへるは、井手のわたりも見る心地して、賑はしければ、めかれせず眺めがちなり。春の花のおほかる中に、唯山茶のみ異花にかはり、さかり久し。殊更列をなして植ゑたるつらつらつばき、つらつらに見れどもあかず。階のもとの薔薇も、夏を待顏なり。すべて春は、草木の花先立ちおくれて、いやをちにいどましく、遲く迅く咲きつゞき、酴醾にいたりて、花の事終りぬるは、名殘をしと見ゆ。

新字:此比夕ぐれは、遠き山辺の焼けぬるも、目だつべき見ものなり。されば春入焼痕青と云ひ、又野火焼不尽、春風吹後生といへるも、やけ野の草を詠ぜしなり。古詩に、池塘春草生といへりしは、此比の眼前のけしきを、唯ありのまゝに云へるなるべし。いやよひも半なる比、八重山吹の風にひるがへるは、井手のわたりも見る心地して、賑はしければ、めかれせず眺めがちなり。春の花のおほかる中に、唯山茶のみ異花にかはり、さかり久し。殊更列をなして植ゑたるつらつらつばき、つらつらに見れどもあかず。階のもとの薔薇も、夏を待顔なり。すべて春は、草木の花先立ちおくれて、いやをちにいどましく、遅く迅く咲きつゞき、酴醾にいたりて、花の事終りぬるは、名残をしと見ゆ。

書き下し

此比夕ぐれは、遠き山辺の焼けぬるも、目だつべき見ものなり。されば春は焼痕に入りて青しと云ひ、又野火焼けども尽きず、春風吹きて後に生ずといへるも、やけ野の草を詠ぜしなり。古詩に、池塘春草生ずといへりしは、此比の眼前のけしきを、唯ありのままに云へるなるべし。いやよひも半なる比、八重山吹の風にひるがへるは、井手のわたりも見る心地して、賑はしければ、めかれせず眺めがちなり。春の花のおほかる中に、唯山茶のみ異花にかはり、さかり久し。殊更列をなして植ゑたるつらつらつばき、つらつらに見れどもあかず。階のもとの薔薇も、夏を待顔なり。すべて春は、草木の花先立ちおくれて、いやをちにいどましく、遅く迅く咲きつづき、酴醾にいたりて、花の事終りぬるは、名残をしと見ゆ。

現代語訳

この頃の夕暮れは、遠い山辺の野焼きも目立つ見ものです。だから「春は焼痕に入りて青し」と言い、また「野火焼けども尽きず、春風吹きて後に生ず」と言うのも、焼け野の草を詠んだものです。古詩に「池塘春草生ず」と言ったのは、この頃の目の前の景色を、ただありのままに言ったのでしょう。三月も半ばの頃、八重山吹が風にひるがえるのは、井手のあたりを見る心地がして華やかなので、目を離さず眺めてしまいます。春の花の多い中で、ただ山茶(椿)だけは他の花と違って盛りが長く続きます。ことさら列をなして植えた「つらつら椿」は、つらつらと見ても飽きません。階段のもとの薔薇も、夏を待つ顔つきです。すべて春は、草木の花が先に後にと、次々に競い合うように、遅く早く咲き続き、酴醾(とび)に至って花のことが終わるのは、名残惜しく見えます。

解説

晩春の野焼きと花々を描く段です。「野火焼不尽、春風吹又生」は白居易の詩として知られ、焼かれても春風が吹けばまた芽吹く草の生命力を詠んでいます。謝霊運の「池塘生春草」も引き、名句は眼前の景色をありのままに言ったものだと見ています。山吹の名所井手、長く咲く椿、夏を待つ薔薇と、花の順番を丁寧に追い、最後に咲く酴醾で春の花が終わる、と季節の区切りを示します。焼けた野にも必ず草が生えるという見方は、失敗や挫折の後にも再び芽吹く力が人にあることを思い出させてくれます。

この章句が説くこと

楽しみ春生命再生花

関連する章句

古典の入門書『人生の教科書』の表紙

人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。

古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。

本の中身を見る
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)+師導1か月=700円 本を見る