老子 / 第6章
谷神不死,是謂玄牝。玄牝之門,是謂天地根。綿綿若存,用之不勤。
書き下し
谷の神死せず、是れ玄牝と謂う。玄牝の門、是れ天地の根と謂う。綿々として若(ごと)く存して、以て用うるに勤せず。
現代語訳
谷の神(空ろなる万物を生む力)は滅びることがなく、これを奥深い母性(玄牝)と呼ぶ。奥深い母性の門は、天地の根源と呼ばれる。それは絶え間なく存在しているかのようであり、いくら用いても尽きることがない。
解説
谷を吹き抜ける風のように、物事を生み出す力は尽きることがありません。老子はこれを奥深い母のような力と呼び、いくら使っても枯れることがないと説きます。家庭の温かさや、地域の人と人とのつながり、会社の中で育ってきた工夫や知恵も、これと同じです。目先の結果を急ぐあまり、こうした目に見えない財産を使い減らすような真似をしてはいけません。子育てでも、目先の成果ばかりを求めて子どもをせかせば、本来持っている伸びる力をすり減らしてしまいます。じっくりと大切に育てながら使い続けることこそが、家庭や組織が末永く続いていく秘訣なのです。
この章句が説くこと
持続性再生節度ケア
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