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楽訓 / 巻之中・節序

まちわびし梅のにほひ、百花に先だち、春の消息を得てよろこぶべし。谷をいで高きにうつる鶯の、春をむかへて物わかき聲、はつ春の初音の今日にあへる、耳とまりてこほしく、花ならで身にしむものならし。花をめで鳥をうらやむは、是まづ春のたまものなり。是をはじめとして、猶行先はるかに榮ゆる春の豐なる惠たのもし。千年を經べきみどりの松も、今一入の色をまして、つねに見なれしも、彌めづらしくなづさはれぬ。韓文公が最是一年春好處といへりしは、早春のけしき、一年の內にて、ことに珍かにすぐれたる故なるべし。きさらぎの程より、よろづ皆冬の心盡きて、空の色うらゝかに、景色だちて、四方山も霞こめたるよそほひ、ことに曙のけしき、譬ふべき物なく、あはれむべし。

新字:まちわびし梅のにほひ、百花に先だち、春の消息を得てよろこぶべし。谷をいで高きにうつる鶯の、春をむかへて物わかき声、はつ春の初音の今日にあへる、耳とまりてこほしく、花ならで身にしむものならし。花をめで鳥をうらやむは、是まづ春のたまものなり。是をはじめとして、猶行先はるかに栄ゆる春の豊なる恵たのもし。千年を経べきみどりの松も、今一入の色をまして、つねに見なれしも、弥めづらしくなづさはれぬ。韓文公が最是一年春好処といへりしは、早春のけしき、一年の内にて、ことに珍かにすぐれたる故なるべし。きさらぎの程より、よろづ皆冬の心尽きて、空の色うらゝかに、景色だちて、四方山も霞こめたるよそほひ、ことに曙のけしき、譬ふべき物なく、あはれむべし。

書き下し

まちわびし梅のにほひ、百花に先だち、春の消息を得てよろこぶべし。谷をいで高きにうつる鶯の、春をむかへて物わかき声、はつ春の初音の今日にあへる、耳とまりてこほしく、花ならで身にしむものならし。花をめで鳥をうらやむは、是まづ春のたまものなり。是をはじめとして、猶行先はるかに栄ゆる春の豊なる恵たのもし。千年を経べきみどりの松も、今一入の色をまして、つねに見なれしも、弥めづらしくなづさはれぬ。韓文公が最も是れ一年春の好き処といへりしは、早春のけしき、一年の内にて、ことに珍かにすぐれたる故なるべし。きさらぎの程より、よろづ皆冬の心尽きて、空の色うららかに、景色だちて、四方山も霞こめたるよそほひ、ことに曙のけしき、譬ふべき物なく、あはれむべし。

現代語訳

待ちわびた梅の香りは、多くの花に先立って咲き、春の便りを得たと喜ぶべきです。谷を出て高い木に移る鶯が、春を迎えて若々しい声で鳴き、初春の初音を今日聞けたのは、耳にとまって恋しく、花でなくとも身にしみるものです。花をめで鳥をうらやむのは、何よりまず春の贈り物です。これを始めとして、これから先ますます栄えていく春の豊かな恵みが頼もしく思われます。千年も経るはずの緑の松も、ひときわ色を増して、ふだん見慣れていても、いっそう珍しく親しく感じられます。韓文公(韓愈)が「最も是れ一年春の好き処」と言ったのは、早春の景色が一年のうちで特に珍しく優れているからでしょう。二月の頃から、すべてに冬の気配が尽きて、空の色はうららかに、景色も春らしくなり、四方の山も霞に包まれた装い、特に明け方の景色はたとえようもなく、心に深くしみます。

解説

早春の梅と鶯を楽しむ段です。益軒は唐の韓愈の詩句「最是一年春好処」を引き、一年でいちばん良いのは花盛りより早春だと述べます。まだ寒さの残る中で最初に咲く梅、最初に聞く鶯の声は、始まりの喜びそのものです。見慣れた松さえ色を増して見えるというのは、自然が変わるというより、春を迎えた心が物を新しく見せるということでしょう。何事も盛りだけが良いのではなく、兆しの時にこそ味わいがあるという見方は、仕事でも子育てでも、成果が出る前の小さな芽を喜ぶ姿勢として役立ちます。

この章句が説くこと

楽しみ春梅兆し心

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