楽訓 / 巻之中・節序
一いでや天地の内にみちたる四時のけしきの、きはまりなき樂をいはん。春はまづ一夜のほどにあらたまの年立ちかへる朝の空の光、心づからにや、舊年にかはりて長閑けし。睦月はことたつとて、貧しき家にも、春盤などいふものをまうく。又かはらけとりいで、おほみきすゝめて、まづつとめて父母にことぶきし、次にみづから祝し、賓客にももてなすさまなど、つねにかはりて、いとなんいみじう珍かなり。時は今は四の始なれば、そらのけしきやうやう引きかへ、こち風ゆるく吹きて、氷とけ、遠き山邊に霞のうすくたなびける、さまざまに物けざやかに見えて、冬の空に立ちかはれる粧、まづ春の來れるしるしあらはなり。かきねがくれに、冬より殘れる雪の、ところどころはだれに見ゆるも、去年の名殘をしむべし。
新字:一いでや天地の内にみちたる四時のけしきの、きはまりなき楽をいはん。春はまづ一夜のほどにあらたまの年立ちかへる朝の空の光、心づからにや、旧年にかはりて長閑けし。睦月はことたつとて、貧しき家にも、春盤などいふものをまうく。又かはらけとりいで、おほみきすゝめて、まづつとめて父母にことぶきし、次にみづから祝し、賓客にももてなすさまなど、つねにかはりて、いとなんいみじう珍かなり。時は今は四の始なれば、そらのけしきやうやう引きかへ、こち風ゆるく吹きて、氷とけ、遠き山辺に霞のうすくたなびける、さまざまに物けざやかに見えて、冬の空に立ちかはれる粧、まづ春の来れるしるしあらはなり。かきねがくれに、冬より残れる雪の、ところどころはだれに見ゆるも、去年の名残をしむべし。
書き下し
一いでや天地の内にみちたる四時のけしきの、きはまりなき楽をいはん。春はまづ一夜のほどにあらたまの年立ちかへる朝の空の光、心づからにや、旧年にかはりて長閑けし。睦月はことたつとて、貧しき家にも、春盤などいふものをまうく。又かはらけとりいで、おほみきすすめて、まづつとめて父母にことぶきし、次にみづから祝し、賓客にももてなすさまなど、つねにかはりて、いとなんいみじう珍かなり。時は今は四の始なれば、そらのけしきやうやう引きかへ、こち風ゆるく吹きて、氷とけ、遠き山辺に霞のうすくたなびける、さまざまに物けざやかに見えて、冬の空に立ちかはれる粧、まづ春の来れるしるしあらはなり。かきねがくれに、冬より残れる雪の、ところどころはだれに見ゆるも、去年の名残をしむべし。
現代語訳
さて、天地のうちに満ちている四季の景色の、尽きることのない楽しみについて述べましょう。春はまず、一夜のうちに新しい年に改まる元日の朝の空の光が、気のせいでしょうか、去年とは変わってのどかです。正月は「事立つ」月といって、貧しい家でも春盤などというものを用意します。また杯を取り出してお神酒をすすめ、まず早朝に父母に祝いのことばを述べ、次に自ら祝い、客人にももてなす様子などが、ふだんと変わって、たいそう珍しく趣があります。今は四季の初めなので、空の様子もしだいに変わり、東風がゆるやかに吹いて氷が解け、遠い山辺に霞が薄くたなびき、さまざまなものがくっきりと見えて、冬の空から立ち替わった装いに、まず春が来たしるしがはっきりと表れます。垣根の陰に冬から残った雪が、ところどころまだらに見えるのも、去年の名残として惜しむべきものです。
解説
この章句が説くこと
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論語・為政篇孟武伯孝を問う。子曰く、「父母は唯其の疾(やまい)を之憂う。」
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『慎思録』巻之六凡そ子弟たる者は、須らく尊長の事に勤労すべし。自ら尊長の態を為して、安逸を為すこと勿かれ。凡そ人の子たるの礼は、須らく朝夕父母を定省すべし。或は居を同じくせざる者も、亦其の遠近に随ひて、毎日一たび省み、或は数日に一たび省みて、疏濶なること勿かれ。文王の世子たるや、王季に朝すること日に三たび、雞初めて鳴きて至り、日中に及びて又至り、莫に及びて又至る。世子すら猶ほ此くの如し。況んや賤しき者に於いてをや。
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史記 五帝本紀堯乃ち舜に絺衣と琴とを賜ひ、為に倉廩を築き、牛羊を予ふ。瞽叟尚ほ復た之を殺さんと欲し、舜をして上りて廩を塗らしめ、瞽叟下より火を縦ちて廩を焚く。舜乃ち両笠を以て自ら扞ぎて下り、去りて、死せざるを得たり。後に瞽叟又舜をして井を穿たしむ。舜井を穿ちて匿空を為り旁らに出づ。舜既に入りて深きに、瞽叟・象共に土を下して井を実む。舜匿空より出でて、去る。瞽叟・象喜び、舜を以て已に死せりと為す。
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『慎思録』巻之六家に居て孝ならず、君に事へて忠ならざるは、厥の罪惟れ鈞し。不忠の人は、君得て之を斥く。不孝の人は、父忍びて之を容る。惟だ幸ひにして免るるのみ。人の子たる者、父の忍び容るる所と為るは、此れ不孝の甚だしきなり。父の譴責を被らずと雖も、豈に恥づる心あらざるべけんや。
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『和俗童子訓』巻之二・総論下一論語の、子曰く弟子入りては、則ち孝するの一章は、人の子となり弟となる者の法を、聖人の教へ給へるなり。我が家に在ては、まづ親に孝をなすべし。孝とは善く父母に事ふるをいふ。能く事ふるとは、孝の道を知りて力を尽すをいふ。力を尽すとは、我が身の力を尽してよく父母に事へ、財の力を尽して能く養ふをいふ。父母に事ふるには、力を惜むべからず。次に親の前を退き出でては、弟を行ふべし。弟は善く兄長に事ふるをいふ。兄は子のかみにて、親に近ければ、敬ひ従ふべし。もし兄より弟を愛せずとも、弟は弟の道を失ふべからず。兄の不友を似せて、不弟なるべからず。其外親戚傍輩の内にて、年老いたる長者をば、敬ひて侮る事なかれ。是弟の道なり。凡孝弟の二は、人の子弟の行の根本なり。
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『和俗童子訓』巻之二・総論下一父母の恩は、高く厚きこと天地に同じ。父母なければ我が身なし。其恩報じ難し。孝を勤めて、せめて万一の恩を報ゆべし。身の力、財の力を尽すべし、惜むべからず。是父母に事へて、其力を尽すなり。父母死して後は、孝を尽す事成り難きを、兼て能く考へて、後悔なからん事を思ふべし。
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