楽訓 / 巻之中・節序
古の人、春は曙と云ひけんも、むべなるかな。日の光やぶしわかねば、かずならぬ垣ねの内も、冬にかはりて輝きいで、草木おひて、皆顏色を生じ、花まち顏になごやかなるけはひ嬉し。日影もやうやく長閑になりもて行けば、人のわざも舊年より暇あきありて、いそがはしからず。日ながくして少年の如く、心閑にゆたけし。海の面日和よく、うら山もうらゝかに霞渡りたる景色、いと遙けし。夕つけて日は旣に入りぬれど、殘れる光猶久しきは、日の長きしるしなるべし。此比は、陽氣ののぼるけにや、童ども紙鳶といふもの造り、長き絲つけ、風にまかせて放てば、高くあがり、雲の上まで遙けくたなびくを、戲とすれば、おいみいわけみ、空をあふぎ見るもをかし。
新字:古の人、春は曙と云ひけんも、むべなるかな。日の光やぶしわかねば、かずならぬ垣ねの内も、冬にかはりて輝きいで、草木おひて、皆顔色を生じ、花まち顔になごやかなるけはひ嬉し。日影もやうやく長閑になりもて行けば、人のわざも旧年より暇あきありて、いそがはしからず。日ながくして少年の如く、心閑にゆたけし。海の面日和よく、うら山もうらゝかに霞渡りたる景色、いと遥けし。夕つけて日は既に入りぬれど、残れる光猶久しきは、日の長きしるしなるべし。此比は、陽気ののぼるけにや、童ども紙鳶といふもの造り、長き糸つけ、風にまかせて放てば、高くあがり、雲の上まで遥けくたなびくを、戯とすれば、おいみいわけみ、空をあふぎ見るもをかし。
書き下し
古の人、春は曙と云ひけんも、むべなるかな。日の光やぶしわかねば、かずならぬ垣ねの内も、冬にかはりて輝きいで、草木おひて、皆顔色を生じ、花まち顔になごやかなるけはひ嬉し。日影もやうやく長閑になりもて行けば、人のわざも旧年より暇あきありて、いそがはしからず。日ながくして少年の如く、心閑にゆたけし。海の面日和よく、うら山もうららかに霞渡りたる景色、いと遥けし。夕つけて日は既に入りぬれど、残れる光猶久しきは、日の長きしるしなるべし。此比は、陽気ののぼるけにや、童ども紙鳶といふもの造り、長き糸つけ、風にまかせて放てば、高くあがり、雲の上まで遥けくたなびくを、戯とすれば、おいみいわけみ、空をあふぎ見るもをかし。
現代語訳
昔の人が「春は曙」と言ったのも、もっともなことです。日の光は分け隔てをしないので、数にも入らないような粗末な垣根の内も、冬とは変わって輝き出し、草木が生え、みな顔色をよくして、花を待つ顔になごやかな様子なのがうれしいものです。日差しもしだいにのどかになっていくと、人の仕事も去年より暇ができて、忙しくありません。日が長くて少年の頃のように、心はのんびりとゆったりします。海の面は日和がよく、浦や山もうららかに霞がかかった景色は、たいそう遥かです。夕方になって日はすでに沈んでも、残る光がなお長く続くのは、日が長くなったしるしでしょう。この頃は陽気が昇るせいでしょうか、子どもたちが凧というものを作り、長い糸をつけ、風に任せて放つと、高く上がり、雲の上まで遥かにたなびくのを遊びにしているので、年寄りも若者も空を仰ぎ見るのも面白いものです。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
『楽訓』巻之中・節序一いでや天地の内にみちたる四時のけしきの、きはまりなき楽をいはん。春はまづ一夜のほどにあらたまの年立ちかへる朝の空の光、心づからにや、旧年にかはりて長閑けし。睦月はことたつとて、貧しき家にも、春盤などいふものをまうく。又かはらけとりいで、おほみきすすめて、まづつとめて父母にことぶきし、次にみづから祝し、賓客にももてなすさまなど、つねにかはりて、いとなんいみじう珍かなり。時は今は四の始なれば、そらのけしきやうやう引きかへ、こち風ゆるく吹きて、氷とけ、遠き山辺に霞のうすくたなびける、さまざまに物けざやかに見えて、冬の空に立ちかはれる粧、まづ春の来れるしるしあらはなり。かきねがくれに、冬より残れる雪の、ところどころはだれに見ゆるも、去年の名残をしむべし。
-
『楽訓』巻之中・節序世の中の、いみじく嬉しき事の、あるが中なる其一なるべし。我が心の楽を知らざる人は、無頼の少年の、閑をぬすみて、そぞろに行楽するに似たりと思ふべし。芳草雨後に秀で、好花風裏にむなしきも、此をりなり。杜が詩に、鶯の歌あたたかにして正にしげしと云ひ、陳希夷が野花啼鳥一般の春と詠ぜしも、皆此時なり。花のゆふばえを、すこし酔にのりて見るも、ことに色まされる心地ぞすなる。花に坐し月に酔ひて、二ながらかねたる楽、春宵一刻値千金、花に清香有り月に陰有りといふ詩を思ひ出でられぬ。又花を惜しみて春は起くること早く、月を愛して夜は眠ること遅しといへり。古人はかくこそ月花をめでしに、今の人の、あたら夜の月と花とにそむきて、空しく臥すは、いと惜むべし。又夜の間の風のうしろめたきをも知らで、朝起くることおそきは、花を惜まざるなり。
-
『楽訓』巻之中・節序まちわびし梅のにほひ、百花に先だち、春の消息を得てよろこぶべし。谷をいで高きにうつる鶯の、春をむかへて物わかき声、はつ春の初音の今日にあへる、耳とまりてこほしく、花ならで身にしむものならし。花をめで鳥をうらやむは、是まづ春のたまものなり。是をはじめとして、猶行先はるかに栄ゆる春の豊なる恵たのもし。千年を経べきみどりの松も、今一入の色をまして、つねに見なれしも、弥めづらしくなづさはれぬ。韓文公が最も是れ一年春の好き処といへりしは、早春のけしき、一年の内にて、ことに珍かにすぐれたる故なるべし。きさらぎの程より、よろづ皆冬の心尽きて、空の色うららかに、景色だちて、四方山も霞こめたるよそほひ、ことに曙のけしき、譬ふべき物なく、あはれむべし。
-
『楽訓』巻之中・節序されど日頃またせまたせて、やうやう咲けるが、あくまで見る程もなく、疾く散るは、又うらめし。よしさらば散るまでも見じ山桜、花のさかりを面かげにして。古の人のよみけんも、後の思出にせんとにや、情ふかし。此折から、春雨のしきしきふれば、我がやどの園の桜は、如何に有らんと、うしろめたし。柳緑に花紅にして、春の色をゑがき出せるは、いと麗しき眺なり。春やうやう深くなれば、風和かに、日あたたかに、百草芳をあらそひ、群花艶をきそふ折なれば、いづれの処か春の無からんや。かかる景色にふれては、人の心も浮立ちて、思ふどちかい連ね、春を尋ねてあくがれありき、ひねもす花を眺くらすこそ、目を恣にし、心を快くするわざなれ。
-
『楽訓』巻之中・節序春の花は、いづれとなく開け出づる色、ことに目おどろかれぬるに、心みじかくて早く散りぬるはうらめし。九十の春光はいとながけれど、何くれと紛はし風雨も亦しげければ、為す事なく、はかなく過ぎて、とどめあへぬ春のかぎりの、けふの日の夕ぐれにさへなりぬ。落花寂々たる黄昏の時は、春の名残いとをしむべし。蘇子瞻が、青雲還一夢といへる、むべなるかな。吾がともがら、うき世のちりも、吾が心のきたなきも、花見るほどは忘られしに、今より後は如何せん。かかる折にふれては、殊更時の早く過ぎて、失ひやすき事、思ひ知られぬ。老いぬれば、今幾年か花もあひ見んと思へば、春の惜しさはいやまさりぬ。いとせめて樽酒余春を楽みて、老の憂を忘るべし。
-
『楽訓』巻之中・節序一惜めども止まらぬ春、すでに去りぬれば、よばぬにきたる夏衣のうら珍しく、今めかしう改まれる比ほひ、大かたの空のけしき、心地よげなるに、青葉の木ずゑ若やかに、物ごとに春に立ちかはりて、又世異なる有様なるも、いとなんめでたき。緑陰昼寂を生ずれどもわびしからず。閑談にふける人は、繁花にもまされりとす。折まち得たる杜鵑の初音、まづなつかしくて、鶯のなく音、すでに老いにたるに、代れる心地ぞすなる。もろこし人は、杜鵑の声きく事を悪めども、我が日の本にては、昔よりこれをあはれみて、歌にも多くよめり。夜もすがら空もとどろに鳴きわたれども、聞く人みなあなかまとは思はず。多からぬ所は、今一声だに聞かまほし。又鳴き行く方の人も待ちなんと思へば、過行くも、更にうらむべからず。
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。
本の中身を見る