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楽訓 / 巻之中・節序

一一年の內、天地の道常にめぐり、四時に行はれて、萬古よりこのかた止まず。其間霞たつより雪の積れるまで、其けしき、をりをりに異なり。又朝夕のけしき日々に異なれる、變態きはまりなき眺也。天にありて象をなせるは、日月の輝き、風雨のうるほひ、霜雪の淸らかなる、雲烟のたなびけるは、天の文なり。地にありて形をなせるは、山河のそばたち流れ、江海の深く廣き、鳥獸の鳴き動き、草木の生茂れるは、地の文なり。かくの如く、天地の内、四時の行はれ、百物のなれる有樣、目のまへにみちみちて、人の見る事を喜ばしめ、心を感ぜしむる事、大なる樂なるかな。これを樂まん人は眼力を以て境界とし、四時を以て良辰として、其樂何ぞ唯人間三公の貴き萬戶侯の富に比べんや。よく心をとめて翫ばん人は、其樂極りなかるべし。

新字:一一年の内、天地の道常にめぐり、四時に行はれて、万古よりこのかた止まず。其間霞たつより雪の積れるまで、其けしき、をりをりに異なり。又朝夕のけしき日々に異なれる、変態きはまりなき眺也。天にありて象をなせるは、日月の輝き、風雨のうるほひ、霜雪の清らかなる、雲烟のたなびけるは、天の文なり。地にありて形をなせるは、山河のそばたち流れ、江海の深く広き、鳥獣の鳴き動き、草木の生茂れるは、地の文なり。かくの如く、天地の内、四時の行はれ、百物のなれる有様、目のまへにみちみちて、人の見る事を喜ばしめ、心を感ぜしむる事、大なる楽なるかな。これを楽まん人は眼力を以て境界とし、四時を以て良辰として、其楽何ぞ唯人間三公の貴き万戸侯の富に比べんや。よく心をとめて翫ばん人は、其楽極りなかるべし。

書き下し

一一年の内、天地の道常にめぐり、四時に行はれて、万古よりこのかた止まず。其間霞たつより雪の積れるまで、其けしき、をりをりに異なり。又朝夕のけしき日々に異なれる、変態きはまりなき眺也。天にありて象をなせるは、日月の輝き、風雨のうるほひ、霜雪の清らかなる、雲烟のたなびけるは、天の文なり。地にありて形をなせるは、山河のそばたち流れ、江海の深く広き、鳥獣の鳴き動き、草木の生茂れるは、地の文なり。かくの如く、天地の内、四時の行はれ、百物のなれる有様、目のまへにみちみちて、人の見る事を喜ばしめ、心を感ぜしむる事、大なる楽なるかな。これを楽まん人は眼力を以て境界とし、四時を以て良辰として、其楽何ぞ唯人間三公の貴き万戸侯の富に比べんや。よく心をとめて翫ばん人は、其楽極りなかるべし。

現代語訳

一年のうち、天地の道は常にめぐり、春夏秋冬として行われて、遠い昔から止むことがありません。その間、霞が立つ頃から雪が積もる頃まで、景色は折々に異なります。また朝夕の景色も日ごとに違い、移り変わりの尽きない眺めです。天にあって姿をなすもの、すなわち日月の輝き、風雨のうるおい、霜雪の清らかさ、雲や霞のたなびきは、天の文(あや)です。地にあって形をなすもの、すなわち山や川がそびえ流れ、江や海が深く広く、鳥獣が鳴き動き、草木が生い茂るのは、地の文です。このように天地のうちで四季がめぐり、あらゆるものが生じ育つ有様が目の前に満ちあふれて、人に見る喜びを与え、心を動かすことは、大きな楽しみではありませんか。これを楽しもうとする人は、目に見えるものを自分の領分とし、四季をよい時節として、その楽しみはどうして世の中の三公の貴さや万戸侯の富と比べられるでしょうか。よく心をとめて味わう人には、その楽しみは限りがないでしょう。

解説

楽訓の巻之中「節序」の書き出しです。益軒は四季の移ろいを「天の文」「地の文」と呼び、天地そのものが一冊の書物のように美しい模様を描いていると見ます。楽訓は宝永7年(1710)、益軒81歳の作で、晩年の益軒が、お金や地位がなくても誰もが味わえる楽しみとして、まず自然の眺めを挙げている点が大切です。季節の変化は毎年来るので見過ごしがちですが、心をとめて眺める人には、大臣の地位や大名の富にも勝る楽しみになると説きます。忙しい毎日でも、通勤路の木々や空の色に目を向けるだけで、この楽しみは手に入ります。

この章句が説くこと

楽しみ四季自然天地心

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