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楽訓 / 巻之上・総論

一酒は天の美祿なり。少し飮めば、心を寬くし、憂をけし、興をやり、元氣を補ひ、血氣をめぐらし、人と歡を合せ、樂を助けて、其益多し。もし多く飮んで酩酊すれば、人の見る目も見ぐるしく、言おほく、妄に語り、すがたも常にかはりて愼なく、心あらくして狂するが如し。古人是を狂藥といへるもむべなり。其上病を生じてくすしがたく、大なるわざはひとなる。若き時より多飮をいましめざれば、習ひてくせとなる、うらめし。是を以て、古語に、酒は微醉にのみ、花は半開に見るといへり。酒を飮まば微醉を限りとして、樂を失はざるべし。ほしいまゝに飮んで、苦を求むべからず。天の美祿として、樂を生ずるめでたき物なるを以て、かへつて狂藥とし大なる禍をなして、憂を生ずるは、むげの事なり。

新字:一酒は天の美禄なり。少し飲めば、心を寛くし、憂をけし、興をやり、元気を補ひ、血気をめぐらし、人と歓を合せ、楽を助けて、其益多し。もし多く飲んで酩酊すれば、人の見る目も見ぐるしく、言おほく、妄に語り、すがたも常にかはりて慎なく、心あらくして狂するが如し。古人是を狂薬といへるもむべなり。其上病を生じてくすしがたく、大なるわざはひとなる。若き時より多飲をいましめざれば、習ひてくせとなる、うらめし。是を以て、古語に、酒は微酔にのみ、花は半開に見るといへり。酒を飲まば微酔を限りとして、楽を失はざるべし。ほしいまゝに飲んで、苦を求むべからず。天の美禄として、楽を生ずるめでたき物なるを以て、かへつて狂薬とし大なる禍をなして、憂を生ずるは、むげの事なり。

書き下し

一酒は天の美禄なり。少し飲めば、心を寛くし、憂をけし、興をやり、元気を補ひ、血気をめぐらし、人と歓を合せ、楽を助けて、其益多し。もし多く飲んで酩酊すれば、人の見る目も見ぐるしく、言おほく、妄に語り、すがたも常にかはりて慎なく、心あらくして狂するが如し。古人是を狂薬といへるもむべなり。其上病を生じてくすしがたく、大なるわざはひとなる。若き時より多飲をいましめざれば、習ひてくせとなる、うらめし。是を以て、古語に、酒は微酔にのみ、花は半開に見るといへり。酒を飲まば微酔を限りとして、楽を失はざるべし。ほしいままに飲んで、苦を求むべからず。天の美禄として、楽を生ずるめでたき物なるを以て、かへつて狂薬とし大なる禍をなして、憂を生ずるは、むげの事なり。

現代語訳

酒は天から授かった美禄です。少し飲めば、心をゆったりさせ、憂いを消し、興を起こし、元気を補い、血気をめぐらせ、人と歓びを合わせ、楽しみを助けて、その益は多いものです。もし多く飲んで酩酊すれば、人の見る目にも見苦しく、口数が多く、みだりに語り、姿もふだんと変わって慎みがなく、心が荒くなって狂ったようになります。古人がこれを狂薬と言ったのももっともです。そのうえ病気を生じて治しにくく、大きな災いとなります。若い時から多飲を戒めなければ、習慣となって癖になるのは残念なことです。こういうわけで、古語に「酒は微酔に飲み、花は半開に見る」と言います。酒を飲むなら微酔を限度として、楽しみを失わないようにすべきです。ほしいままに飲んで苦しみを求めてはなりません。天の美禄として楽しみを生むめでたい物なのに、かえって狂薬として大きな災いをなし、憂いを生むのは、ひどいことです。

解説

「酒は天の美禄」は『漢書』食貨志に見える言葉です。益軒は酒の効用を認めたうえで、飲み過ぎれば狂薬となり病と災いを招くと戒めます。「花は半開に看、酒は微酔に飲む」は『菜根譚』などにも見える言葉で、ほどほどにこそ最上の味わいがあるという考えです。のちに『養生訓』でも飲酒の節度を詳しく説いた益軒らしい一条です。飲み会で楽しく始まったのに翌日後悔する経験は誰にでもあるでしょう。ほろ酔いで止める習慣は、健康と人間関係の両方を守ります。

この章句が説くこと

酒養生節度楽しみ健康

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