楽訓 / 巻之上・総論
一忍は、しのぶとも、こらふるともよめり。俗にいはゆる堪忍する事なり。忍ぶべき事多し、大やう忿と欲との二に出でず。我が身の好める酒食聲色財利などの私慾をこらへて、恣にせざると、身のやつやつしく、豐ならざるをこらへて、貧をあまんじ苦まざるは、慾を忍ぶなり。人の我に情なく無禮なるをば、凡人はかくこそ有らめと思ひこらへて、いかり恨みざるは、忿を忍ぶなり。凡忿と慾とを忍べば、心平かに氣和ぎ、身やすく、人にさはりなくして、恥なく、苦なく、後のうれひなく、わざはひなし。忍の一字より、萬の善き事出づ。忍ばざれば、萬のあしき事、是より出づ。故に古語に、忍は是衆妙の門と云へり。忍のことわり、樂を得るにおいて、其益大なるかな。
新字:一忍は、しのぶとも、こらふるともよめり。俗にいはゆる堪忍する事なり。忍ぶべき事多し、大やう忿と欲との二に出でず。我が身の好める酒食声色財利などの私慾をこらへて、恣にせざると、身のやつやつしく、豊ならざるをこらへて、貧をあまんじ苦まざるは、慾を忍ぶなり。人の我に情なく無礼なるをば、凡人はかくこそ有らめと思ひこらへて、いかり恨みざるは、忿を忍ぶなり。凡忿と慾とを忍べば、心平かに気和ぎ、身やすく、人にさはりなくして、恥なく、苦なく、後のうれひなく、わざはひなし。忍の一字より、万の善き事出づ。忍ばざれば、万のあしき事、是より出づ。故に古語に、忍は是衆妙の門と云へり。忍のことわり、楽を得るにおいて、其益大なるかな。
書き下し
一忍は、しのぶとも、こらふるともよめり。俗にいはゆる堪忍する事なり。忍ぶべき事多し、大やう忿と欲との二に出でず。我が身の好める酒食声色財利などの私慾をこらへて、恣にせざると、身のやつやつしく、豊ならざるをこらへて、貧をあまんじ苦まざるは、慾を忍ぶなり。人の我に情なく無礼なるをば、凡人はかくこそ有らめと思ひこらへて、いかり恨みざるは、忿を忍ぶなり。凡忿と慾とを忍べば、心平かに気和ぎ、身やすく、人にさはりなくして、恥なく、苦なく、後のうれひなく、わざはひなし。忍の一字より、万の善き事出づ。忍ばざれば、万のあしき事、是より出づ。故に古語に、忍は是衆妙の門と云へり。忍のことわり、楽を得るにおいて、其益大なるかな。
現代語訳
忍は「しのぶ」とも「こらふる」とも読みます。俗に言う堪忍することです。忍ぶべきことは多いのですが、おおよそ怒りと欲の二つを出ません。自分の好む酒食・音楽や色事・財利などの私欲をこらえてほしいままにしないことと、身がみすぼらしく豊かでないのをこらえて貧しさに甘んじ苦しまないことは、欲を忍ぶことです。人が自分に情けなく無礼であっても、普通の人はこういうものだと思ってこらえ、怒り恨まないのは、怒りを忍ぶことです。およそ怒りと欲を忍べば、心は平らかで気は和らぎ、身は安らかで、人とさしさわりがなく、恥もなく、苦しみもなく、後の憂いもなく、災いもありません。忍の一字から、万の善いことが出てきます。忍ばなければ、万の悪いことがここから出てきます。ですから古語に「忍はこれ衆妙の門」と言います。忍の道理は、楽しみを得るうえで、その益が大きいものです。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『初学訓』巻之四慾をこらふるは、酒食好色など、およそ、わが心に合ひてすき好める耳目口体の慾、財宝器物の慾、皆こらへて、恣に貪らざるなり。忿と慾との二をこらへざれば、義理にそむき、心を乱し、病を生じ、財をつひやし、恥辱をとり、命を失ふ。其害大なり。凡そ身の禍は、忿慾をこらへざるより起る。しばしの間、忿をこらへずして身を忘るれば、父母をうれへしむ。不孝、是より大なるはなし。しばらく堪忍すれば、禍なくして喜あり。古人の詩にも、忍過事堪喜といへり。堪忍しすまして後は、喜ありといふ意なり。しばし堪忍せざれば、莫大の禍となる。程子も、貪慾を忍ぶと忍ばざると、便見有徳無徳といへり。
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『初学訓』巻之四一忍といふこと、亦善行なり。忍とは、こらふるなり、堪忍するをいふ。忍に二事あり。一には、わが心に嫌ふことをこらへて忿らず、又、一には、わが心に好む物をこらへて貪らず。これ、忿と慾との二を堪ふるなり。忿をしのぶは、人のしわざ、吾が心に合はざるをこらふるなり。忿は、わが心を乱し人を妨ぐ。心は、万事の本なり。いかりて心みだれては、言ふこと行ふこと、道理にかなはず。いかる時、まづ物をいふべからず。いかる時物いへば、必ず誤る。これ忿を忍ぶ一の手立なり。もし、言はずしてかなはざることありとも、言に忿を顕すべからず。たとひ、心の内にいかり釈けずとも、言に出さずして忿やみ、本心にかへるまで、堪へぬれば、大なる誤なし。
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『養生訓』巻第一・総論上一人の耳目口体の、見る事、聞く事、飲み食ふ事、好色をこのむ事、各其このめる慾あり。これを嗜慾と云ふ。嗜慾とはこのめる慾なり。慾はむさぼるなり。飲食色慾などをこらへずして、むさぼりてほしいままにすれば、節に過て、身をそこなひ、礼義にそむく。万の悪は、皆慾を恣にするよりおこる。耳目口体の慾を忍んで恣にせざるは、慾にかつの道なり。もろもろの善は、皆慾をこらへて恣にせざるよりおこる。故に、忍ぶと恣にするとは、善と悪とのおこる本なり。養生の人はここに於て、専心を用ひて恣なる事をおさへて、慾をこらふるを要とすべし。恣の一字をさりて、忍の一字を守るべし。
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『大和俗訓』巻之六・躬行上一怒はつよく、欲はふかき故、是にかちがたし。力をつくして堪忍すべし。力よわければ、怒と欲にかちがたし。忍の字は、心の上に刄を書く。怒と欲の心起るを断去ること刄を以て切りたつが如くなるべし。是呉臨川が、忍の封をつくりし説なり。又敵にむかひて戦ふが如く、十分の力を用ふべし。如此せざれば、怒と欲とにまけやすし。堪忍の工夫なく、怒と慾とにかたざれば、平生の学問も用にたたず、いたづら事なり。
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『楽訓』巻之上・総論一人を恨み怒り、自らほこり、人をそしり、人の小なる過をせめ、人の言をとがめ、無礼をいかるは、其器小なり。是皆楽を失へるわざなり。怒と慾とをこらへ、心を広くして、人を責め咎めざるは、器大なるなり。是和気をたもちて、楽を失はざる道なり。一世の人のひが事多きは、うき世の習なれば、如何ともしがたし。教へても従はざるは愚人なり。聖人といへど、力に及ばず。人の愚なるによりて怒りて、我が心をなやますべからず。人の悪しく生れつきたるは、其人の不幸なり。あはれむべし。我が心にあづかりて、恨み咎め、自ら苦むべからず。人の悪しきゆゑ、我が心の楽を失ふは愚なり。
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『大和俗訓』巻之八・応接一人我に無礼なりとて、わが恥辱にならざる事は、咎むべからず。人の無礼をなだめ許して堪忍すれば、わが心和平にして、楽をうしなはず、人に争はずして無事なり。われに恥辱なし。古語に、忍過ぎて、事喜ぶにたへたりといへるが如く、堪忍して後は、喜となる。もし人の無礼をとがめて、我よりもまた悪言を出し、無礼を行へば、人も亦いかりて堪忍せず。我が咎めしより猶過ぎて、甚しく無礼を我に施せば、堪忍なりがたくして、即時に闘に及ぶ。此時にいたりて、はじめてその災をおそれて堪忍するも見ぐるし。ただ初より礼義正しくして、人もし無礼を行ふとも、わが恥辱にならざる程は、堪忍して、我より又人を悪口すべからず。彼が愚なるに対して、怒をおこし、無礼をほどこせば、われも亦愚なり。
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