養生訓 / 巻第一・総論上
一人の耳目口體の、見る事、聞く事、飮み食ふ事、好色をこのむ事、各其このめる慾あり。これを嗜慾と云ふ。嗜慾とはこのめる慾なり。慾はむさぼるなり。飮食色慾などをこらへずして、むさぼりてほしいまゝにすれば、節に過て、身をそこなひ、禮義にそむく。萬の惡は、皆慾を恣にするよりおこる。耳目口體の慾を忍んで恣にせざるは、慾にかつの道なり。もろもろの善は、皆慾をこらへて恣にせざるよりおこる。故に、忍ぶと恣にするとは、善と惡とのおこる本なり。養生の人はこゝに於て、專心を用ひて恣なる事をおさへて、慾をこらふるを要とすべし。恣の一字をさりて、忍の一字を守るべし。
新字:一人の耳目口体の、見る事、聞く事、飲み食ふ事、好色をこのむ事、各其このめる慾あり。これを嗜慾と云ふ。嗜慾とはこのめる慾なり。慾はむさぼるなり。飲食色慾などをこらへずして、むさぼりてほしいまゝにすれば、節に過て、身をそこなひ、礼義にそむく。万の悪は、皆慾を恣にするよりおこる。耳目口体の慾を忍んで恣にせざるは、慾にかつの道なり。もろもろの善は、皆慾をこらへて恣にせざるよりおこる。故に、忍ぶと恣にするとは、善と悪とのおこる本なり。養生の人はこゝに於て、専心を用ひて恣なる事をおさへて、慾をこらふるを要とすべし。恣の一字をさりて、忍の一字を守るべし。
書き下し
一人の耳目口体の、見る事、聞く事、飲み食ふ事、好色をこのむ事、各其このめる慾あり。これを嗜慾と云ふ。嗜慾とはこのめる慾なり。慾はむさぼるなり。飲食色慾などをこらへずして、むさぼりてほしいままにすれば、節に過て、身をそこなひ、礼義にそむく。万の悪は、皆慾を恣にするよりおこる。耳目口体の慾を忍んで恣にせざるは、慾にかつの道なり。もろもろの善は、皆慾をこらへて恣にせざるよりおこる。故に、忍ぶと恣にするとは、善と悪とのおこる本なり。養生の人はここに於て、専心を用ひて恣なる事をおさへて、慾をこらふるを要とすべし。恣の一字をさりて、忍の一字を守るべし。
現代語訳
人の耳・目・口・体には、見ること、聞くこと、飲み食いすること、色を好むことに、それぞれ好む欲があります。これを嗜欲といいます。嗜欲とは好む欲のことです。欲とはむさぼることです。飲食や色欲などをこらえずに、むさぼってほしいままにすれば、度を越して身を損ない、礼義にそむきます。あらゆる悪は、みな欲をほしいままにすることから起こります。耳・目・口・体の欲を忍んでほしいままにしないのは、欲に勝つ道です。もろもろの善は、みな欲をこらえてほしいままにしないことから起こります。ですから、忍ぶことと、ほしいままにすることとは、善と悪の起こる根本です。養生する人はここにおいて、心を専一にして、ほしいままなことをおさえ、欲をこらえることを要とすべきです。「恣」の一字を捨てて、「忍」の一字を守るべきです。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『養生訓』巻第二・総論下一一時の慾をこらへずして病を生じ、百年の身をあやまる、愚なるかな。長命をたもちて、安楽ならん事を願はば、慾をほしいままにすべからず。慾をこらふるは長命の基なり。慾を恣にするは短命の基なり。恣なると忍ぶとは、是寿夭との分るる所なり。
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『初学訓』巻之五一養生の道も、亦よく謹みて、慾を堪ふるにあり。養生の要は、飲食色慾をこらへて過さず、心を和け気を平らかにし、かなしみ、いかり、うれへ、思ひを過さず、又風寒暑湿の外邪を防ぐべし。飲食色慾は内慾なり。風寒暑湿は外邪なり。つよき人も、内慾を過し、外邪に傷らるれば、病に冒されて、長生を得がたし。又、生れつきよわけれど、よく保養すれば、天年をたもちて長寿なり。わかき時より、早く養生をつとむべし。わかく血気さかんなれば、飲食色慾恣なり。いましむべし。飲食色慾を恣にすれば、元気つきて短命なり。中年以後は、色慾より、飲食の慾尤こらへ難し。内慾にやぶられて元気減れば、外邪も侵しやすく、病起りやすし。人の天年を保たずして、早く死ぬるは、多くは、飲食色慾の二に傷らるればなり。
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『養生訓』巻第一・総論上一人の身をたもつには、養生の道をたのむべし、針灸と薬力とをたのむべからず。人の身には口腹耳目の欲ありて、身をせむるもの多し。古人のをしへに、養生のいたれる法あり。孟子にいはゆる寡慾これなり。宋の王昭素も、身を養ふ事は慾を寡くするにしくはなしと云へり。省心録にも、多慾則傷生といへり。およそ人のやまひは皆わが身の慾をほしいままにして、つつしまざるよりおこる、養生の士は、つねにこれを戒とすべし。
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『養生訓』巻第一・総論上一凡養生の道は、内慾をこらふるを以て本とす。本をつとむれば、元気つよくして外邪おかさず。内慾を慎まずして、元気よわければ、外邪にやぶられ易くして、大病となりて命をたもたず。内慾をこらふるに、其の大なる条目は、飲食をよきほどにして過さず、脾胃をやぶり病を発する物をくらはず。色慾をつつしみて精気を惜み、時ならずして臥さず。久しく睡る事をいましめ、久しく安坐せず。時々身をうごかして、気をめぐらすべし。殊に食後には、必ず数百歩歩行すべし。若久しく安坐し、又食後に穏坐し、ひる寝ね、食気いまだ消化せざるに早く臥しねぶれば、滞りて病を生じ、久しきをつめば、元気発生せずしてよわくなる。常に元気をへらす事を惜みて、言語をすくなくし、七情をよきほどにし、七情の内にて、取わき、いかり、かなしみ、うれひ、思ひをすくなくすべし。
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『養生訓』巻第二・総論下一或人の曰、養生の道、飲食、色慾をつつしむの類われ皆しれり。然れども、つつしみがたく、恣になりやすき故、養生なりがたしと云ふ。我思ふに、是未だ養生の術をよく知らざるなり。よく知れらば、などか養生の道を行はざるべき。水に入れば、溺れて死ぬ。火に入れば、やけて死ぬ。砒霜をくらへば、毒にあてられて死ぬる事をば、たれもよく知れる故、水火に入り砒霜をくらひて死ぬる人なし。多慾のよく生をやぶる事、刀を以て自害するに同じき理を知れらば、などか慾を忍ばざるべき。すべて其理を明かに知らざる事は、迷ひ易くあやまり易し。人のあやまりて禍となれる事は、皆不知よりおこる。赤子のはらばひて井に落ちて死ぬるが如し。灸をして身の病を去る事を知れる故、身に火をつけ、熱く痛めるをこらへて、多きをもいとはず。
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『養生訓』巻第一・総論上一養生に志あらん人は、心に常に主あるべし。主あれば思慮して是非をわきまへ、忿をおさへ、慾をふさぎて、あやまりすくなし。心に主なければ、思慮なくして、忿と慾をこらへず、恣にしてあやまり多し。一万の事、一時心に快き事は、必ず後に殃となる。酒食をほしいままにすれば、快けれどやがて病となるの類なり。初にこらふれば必ず後のよろこびとなる。灸治をしてあつきをこらふれば、後に病なきが如し。杜牧が詩に、忍過事堪喜といへるは、欲をこらへすまして後はよろこびとなるなり。
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