楽訓 / 巻之上・総論
一心にあはれみふかく、善を好みて、心氣和平ならば、物に情ありて、人倫にしたしきは言ふに及ばず、草木までも、皆我とへだてなく、なつかしくなりぬる心地ぞすべき。一つねの氣象は、從容として不迫、此四字を守るべし。從容とは、おもむろにして靜なるを云ふ。速にいそがはしき時も、心平かに氣和にして、樂を失ふべからず。事多くとも、心は靜なるべし。靜ならざれば、あやまる事多し。人の我に對して、如何になさけなく無禮なりとも、怒りて言をはげしくし、目をいらゝげ、きたなき氣色をあらはして、樂を失ふべからず。つねに其氣象、從容不迫なるべし。白樂天が詩に曰、自ら延年の術あり、心閑なれば歲月長し。又曰、閑中日月長し。東坡が詩に、無事にして此靜坐すれば、一日是兩日、人若活けること七十ならば、便是百四十といへるも、心しづかなれば、月日長きことをいへり。
新字:一心にあはれみふかく、善を好みて、心気和平ならば、物に情ありて、人倫にしたしきは言ふに及ばず、草木までも、皆我とへだてなく、なつかしくなりぬる心地ぞすべき。一つねの気象は、従容として不迫、此四字を守るべし。従容とは、おもむろにして静なるを云ふ。速にいそがはしき時も、心平かに気和にして、楽を失ふべからず。事多くとも、心は静なるべし。静ならざれば、あやまる事多し。人の我に対して、如何になさけなく無礼なりとも、怒りて言をはげしくし、目をいらゝげ、きたなき気色をあらはして、楽を失ふべからず。つねに其気象、従容不迫なるべし。白楽天が詩に曰、自ら延年の術あり、心閑なれば歳月長し。又曰、閑中日月長し。東坡が詩に、無事にして此静坐すれば、一日是両日、人若活けること七十ならば、便是百四十といへるも、心しづかなれば、月日長きことをいへり。
書き下し
一心にあはれみふかく、善を好みて、心気和平ならば、物に情ありて、人倫にしたしきは言ふに及ばず、草木までも、皆我とへだてなく、なつかしくなりぬる心地ぞすべき。一つねの気象は、従容として迫らず、此四字を守るべし。従容とは、おもむろにして静なるを云ふ。速にいそがはしき時も、心平かに気和にして、楽を失ふべからず。事多くとも、心は静なるべし。静ならざれば、あやまる事多し。人の我に対して、如何になさけなく無礼なりとも、怒りて言をはげしくし、目をいららげ、きたなき気色をあらはして、楽を失ふべからず。つねに其気象、従容として迫らざるべし。白楽天が詩に曰く、自ら延年の術あり、心閑なれば歳月長し。又曰く、閑中日月長し。東坡が詩に、無事にして此静坐すれば、一日是れ両日、人若活けること七十ならば、便ち是れ百四十といへるも、心しづかなれば、月日長きことをいへり。
現代語訳
心に哀れみが深く、善を好んで、心と気が穏やかであれば、物事に情があって、人との交わりに親しむのは言うまでもなく、草木までもみな自分と隔てなく、懐かしく感じられる心地がするはずです。ふだんの気質は「従容不迫(ゆったりとして迫らない)」、この四字を守るべきです。従容とは、落ち着いて静かなことを言います。急ぎせわしい時も、心を平らかに気を和らげて、楽しみを失ってはなりません。事が多くても、心は静かであるべきです。静かでなければ、誤ることが多くなります。人が自分に対してどんなに情けなく無礼であっても、怒って言葉を激しくし、目をいからせ、汚い顔色をあらわして、楽しみを失ってはなりません。常にその気質は、従容として迫らないようにすべきです。白楽天の詩に「おのずから命を延ばす術がある、心が静かであれば歳月は長い」と言い、また「静かな中では日月が長い」と言います。蘇東坡の詩に「何事もなくここに静かに座れば、一日は二日に当たる。人がもし七十年生きるなら、それは百四十年に当たる」と言うのも、心が静かであれば月日が長いことを言っています。
解説
この章句が説くこと
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