囲炉夜話 / 第百十一則・水止まりて乃ち能く物を照らす
心靜則明,水止乃能照物。品超斯遠,雲飛而不礙空。
新字:心静則明,水止乃能照物。品超斯遠,雲飛而不礙空。
書き下し
心靜かなれば則ち明らかなり、水止まりて乃ち能く物を照らす。品超ゆれば斯に遠し、雲飛びて空を礙げず。
現代語訳
心が静かであれば明らかになります。水は止まってこそ物を映し出せるのです。品格が抜きん出れば、そこで遠くまで及びます。雲は飛んでも空をさまたげないのです。
解説
静かな水と空を行く雲という二つの比喩で、心と品格を描いた則です。前半は、波立つ水は物を映さないが、止まった水は鏡のように映す、という比喩で、心が静まればものごとがはっきり見えると言います。荘子にも、人は流水に鑑みること莫くして止水に鑑みる、という言葉があります。後半は、品格が高く超えていれば、雲が空を流れても空そのものを汚さないように、何ものにもとらわれず遠くまで届くというのです。前半は静けさによる明るさ、後半は超然とした品による広さで、どちらも心が外に乱されない姿を描いています。今日でも、大事な判断は心が波立っているときほど誤りやすいものです。まず心の水面を静めることが、よく見るための第一歩です。
この章句が説くこと
静明鏡品格心修身
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