酔古堂剣掃 / 集醒・定雲止水の中に鳶飛魚躍有り
定云止水中,有鳶飛魚躍的景象;風狂雨驟處,有波恬浪靜的風光。
新字:定云止水中,有鳶飛魚躍的景象;風狂雨驟処,有波恬浪静的風光。
書き下し
定云(雲)止水の中に、鳶飛び魚躍るの景象有り。 風狂ひ雨驟なる處に、波恬かに浪靜かなるの風光有り。
現代語訳
動かない雲や止まった水のような静けさの中にも、鳶が空を飛び魚が淵に躍るような生き生きとした趣があります。風が狂い雨が激しく降る所にも、波が穏やかで静かな景色があります。
解説
静の中に動を、動の中に静を見る、心のあり方を説いた対句です。鳶飛魚躍は『詩経』大雅の「鳶飛んで天に戻り、魚淵に躍る」によるもので、『中庸』にも引かれ、天地に満ちる生命の働きを表す言葉として知られます。定雲止水は、動かない雲と止まった水で、静まりきった心のたとえです。ただ静かなだけの心は枯れ木のようなもので、本当の静けさの中には生き生きとした働きがあります。反対に、嵐のような忙しさの中でも、心の底に波立たない場所を持つことができます。原文の「云」は「雲」の意味で読みました。静と動の両方を同時に持つことの大切さを教えてくれる句です。
この章句が説くこと
静動心自然平常心
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