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楽訓 / 巻之上・総論

況や富貴厚祿の人は、多くの人の飢をたすくること、いとやすき事になん侍る。唯志のなきを恥ぢて、財の足らざるに事をよすべからず。富貴なれば、おごり怠りやすくして、此樂を得がたし。貧賤の人は、おこたり少なくして、さとし易し。富貴の人は、世のはかなきわざ多きに迷ひて、書を讀んで道を樂むことを知らず。然れば富貴なるは、かへつて不幸と云ふべし。此大なる樂を得がたければなり。古語に、貧しきは富めるにまされりと云ひ、又讀書は貧者の樂といへるもむべなり。我がともがら愚かにして又いやしければ、ちりひぢの數にもあらぬ身なれど、書をよみ道をたふとぶ樂は、いかなる富貴にもかへがたし。

新字:況や富貴厚禄の人は、多くの人の飢をたすくること、いとやすき事になん侍る。唯志のなきを恥ぢて、財の足らざるに事をよすべからず。富貴なれば、おごり怠りやすくして、此楽を得がたし。貧賤の人は、おこたり少なくして、さとし易し。富貴の人は、世のはかなきわざ多きに迷ひて、書を読んで道を楽むことを知らず。然れば富貴なるは、かへつて不幸と云ふべし。此大なる楽を得がたければなり。古語に、貧しきは富めるにまされりと云ひ、又読書は貧者の楽といへるもむべなり。我がともがら愚かにして又いやしければ、ちりひぢの数にもあらぬ身なれど、書をよみ道をたふとぶ楽は、いかなる富貴にもかへがたし。

書き下し

況や富貴厚禄の人は、多くの人の飢をたすくること、いとやすき事になん侍る。唯志のなきを恥ぢて、財の足らざるに事をよすべからず。富貴なれば、おごり怠りやすくして、此楽を得がたし。貧賤の人は、おこたり少なくして、さとし易し。富貴の人は、世のはかなきわざ多きに迷ひて、書を読んで道を楽むことを知らず。然れば富貴なるは、かへつて不幸と云ふべし。此大なる楽を得がたければなり。古語に、貧しきは富めるにまされりと云ひ、又読書は貧者の楽といへるもむべなり。我がともがら愚かにして又いやしければ、ちりひぢの数にもあらぬ身なれど、書をよみ道をたふとぶ楽は、いかなる富貴にもかへがたし。

現代語訳

まして富貴で厚い禄を受けている人は、多くの人の飢えを助けることはとてもたやすいことです。ただ志のないことを恥じて、財が足りないことを言い訳にしてはなりません。富貴であれば、おごり怠りやすく、この楽しみを得がたいものです。貧賤の人は怠りが少なく、悟りやすいのです。富貴の人は世の中のはかない物事が多いのに迷って、書を読んで道を楽しむことを知りません。ですから富貴であるのは、かえって不幸と言うべきです。この大きな楽しみを得がたいからです。古語に「貧しいことは富むことにまさる」と言い、また「読書は貧者の楽しみ」と言うのももっともです。私たちは愚かでまた身分も低く、塵や泥の数にも入らない身ですが、書を読み道を尊ぶ楽しみは、どんな富貴にもかえがたいものです。

解説

財が足りないことを施さない言い訳にするな、という言葉は耳が痛いものです。益軒はさらに、富貴な人は世のはかない物事に迷って書を読む楽しみを知らないと述べ、読書は貧者の楽しみだと言います。益軒自身、藩の儒者として決して裕福ではない中で膨大な書を読み、学問を楽しみとしました。「ちりひぢの数にもあらぬ身」と謙遜しながらも、読書の楽しみは何にもかえがたいという言葉には実感がこもっています。

この章句が説くこと

読書富貴貧賤楽しみ志

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