楽訓 / 巻之上・総論
一人もしいとまあらば、心のどけく閑にし、日を永くして、いそがはしかるべからず。殊に老ては殘れる齡やうやく少なく、時節のすぐる事殊に早ければ、時刻ををしみて、一日を以て十日とし、一月を以て一年とし、一年を以て十年として樂むべし。樂まずしてあだに月日を暮して、後に悔ゆべからず。
新字:一人もしいとまあらば、心のどけく閑にし、日を永くして、いそがはしかるべからず。殊に老ては残れる齢やうやく少なく、時節のすぐる事殊に早ければ、時刻ををしみて、一日を以て十日とし、一月を以て一年とし、一年を以て十年として楽むべし。楽まずしてあだに月日を暮して、後に悔ゆべからず。
書き下し
一人もしいとまあらば、心のどけく閑にし、日を永くして、いそがはしかるべからず。殊に老ては残れる齢やうやく少なく、時節のすぐる事殊に早ければ、時刻ををしみて、一日を以て十日とし、一月を以て一年とし、一年を以て十年として楽むべし。楽まずしてあだに月日を暮して、後に悔ゆべからず。
現代語訳
人はもし暇があるならば、心をのどかに静かにして、一日を長く過ごし、せわしなくしてはなりません。とりわけ老いては残りの年齢がしだいに少なくなり、時の過ぎるのがことに早いので、時間を惜しんで、一日を十日とし、一月を一年とし、一年を十年として楽しむべきです。楽しまずにむだに月日を過ごして、後で悔やんではなりません。
解説
81歳の益軒が自分に言い聞かせるような一条です。残りの時間が少ないからこそ、焦るのではなく、心をのどかにして一日を十日分に味わえと説きます。時間の長さは時計ではなく心の持ち方で変わるという考えです。益軒は晩年も著述と旅を続け、多くの書をこの時期に書き上げました。年齢にかかわらず、忙しさに流されて日々が過ぎていくと感じたら、一日の中にゆっくり味わう時間を意識して作ることが大切です。
この章句が説くこと
老い時間楽しみ閑後悔
関連する章句
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『楽訓』巻之上・総論一人の命は限りあり、ひいて長くしがたし。限りある命の内の光陰ををしみ、楽みて月日を送るべし。しばしが間も、益なき事をなし、ひが事を行ひ、楽まずして、空しく過すべからず。況やうれひ苦み、怒りかなしみて、楽を失ふは、愚なり。なす事なく楽まずして、月日を空しく過さば、千年を経ともかひ無かるべし。
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『楽訓』巻之中・節序一時節は、目に見えて早く立つとしも無けれど、日数かさなりゆけば、一年の過ぐるは程なし。人の一生を経るも、亦年やうやくかさなれば、老死にいたること遠からず。況や人の命は、いたりて危くして、朝夕を知らず、少壮といへど、老大に先だつ人多ければ、頼みなし。久しからざるうき世に、時のうつり行く事早ければ、あたら時日をむなしく過すべからず。
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『養生訓』巻第八・養老一老後は、わかき時より、月日の早き事十倍なれば、一日を十日とし、十日を百日とし、一月を一年とし、喜楽してあだに日をくらすべからず。つねに時日ををしむべし。心しづかに従容として余日を楽しみ、いかりなく慾すくなくして、残躯をやしなふべし。老後、一日も楽まずして、空しく過すはをしむべし。老後の一日千金にあたるべし。人の子たる者、是を心にかけて思はざるべけんや。
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『大和俗訓』巻之四・心術下礼記に、君子は道を得ることをたのしみ、小人は欲を得ることを楽む。道を以て欲を制すれば、たのしみて迷はず、欲を以て道を失へば、迷ひて楽まずといへり。君子は常にたのしみて日をおくり、小人は常にうれひて日をおくる。衰老の身は、殊に余日すくなければ、一日を以て一月とし、一月を以て一年とする工夫をなすべし、一日一時も楽まずして、あだに時日をおくるは、愚なりといふべし。
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『楽訓』巻之上・総論一幼より、壮になり、老にいたり、衰へて死にいたるまで、百とせのよはひも、亦いくほどなし。人の世にある事、仮にやどれる旅人のごとし。東坡の詩に、一年は一夢の如く、百歳は真に過客なりといへるもむべなり。かく短き此世なれば、無用の事をなして時日をうしなひ、或はいたづらに為す事なくて此世暮れなんこと、をしむべし。つねに時日ををしみ、益ある事をなし、善をする事を楽みて過さんこそ、世に生けらんかひあるべけれ。
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『大和俗訓』巻之四・心術下一人生此日の再び得がたき事を知りて、時々其事をつとめて怠らず、日々此生を楽みてうれへず、よくつとめ、よくたのしむ人は、一日を以て一月とし一年を以て十年とし、十年を以て百年とす。つとめとたのしみとを以て身を終る。智者のしわざ斯のごとし。勤とたのしみを知らざる人は、たとひ百歳の長寿をたもつとも、常に怠りて、一生の間、何のなし出せる善事なし。是つとめざればなり。常にうれひくるしみ多し。是楽まざればなり。かくのごとくなれば、人となれるかひなし。生けるばかりを思出にす。生を得たりといひがたし。飲食声色を楽むといへども、欲多く節なくして、かへりて身をそこなひ、楽いまだつきざる内に、憂はやく来る。愚者のしわざかくのごとし。
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