大和俗訓 / 巻之四・心術下
一人生此日の再び得がたき事を知りて、時々其事をつとめて怠らず、日々此生を樂みてうれへず、よくつとめ、よくたのしむ人は、一日を以て一月とし一年を以て十年とし、十年を以て百年とす。つとめとたのしみとを以て身を終る。智者のしわざ斯のごとし。勤とたのしみを知らざる人は、たとひ百歳の長壽をたもつとも、常に怠りて、一生の間、何のなし出せる善事なし。是つとめざればなり。常にうれひくるしみ多し。是樂まざればなり。かくのごとくなれば、人となれるかひなし。生けるばかりを思出にす。生を得たりといひがたし。飮食聲色を樂むといへども、欲多く節なくして、かへりて身をそこなひ、樂いまだつきざる内に、憂はやく來る。愚者のしわざかくのごとし。
新字:一人生此日の再び得がたき事を知りて、時々其事をつとめて怠らず、日々此生を楽みてうれへず、よくつとめ、よくたのしむ人は、一日を以て一月とし一年を以て十年とし、十年を以て百年とす。つとめとたのしみとを以て身を終る。智者のしわざ斯のごとし。勤とたのしみを知らざる人は、たとひ百歳の長寿をたもつとも、常に怠りて、一生の間、何のなし出せる善事なし。是つとめざればなり。常にうれひくるしみ多し。是楽まざればなり。かくのごとくなれば、人となれるかひなし。生けるばかりを思出にす。生を得たりといひがたし。飲食声色を楽むといへども、欲多く節なくして、かへりて身をそこなひ、楽いまだつきざる内に、憂はやく来る。愚者のしわざかくのごとし。
書き下し
一人生此日の再び得がたき事を知りて、時々其事をつとめて怠らず、日々此生を楽みてうれへず、よくつとめ、よくたのしむ人は、一日を以て一月とし一年を以て十年とし、十年を以て百年とす。つとめとたのしみとを以て身を終る。智者のしわざ斯のごとし。勤とたのしみを知らざる人は、たとひ百歳の長寿をたもつとも、常に怠りて、一生の間、何のなし出せる善事なし。是つとめざればなり。常にうれひくるしみ多し。是楽まざればなり。かくのごとくなれば、人となれるかひなし。生けるばかりを思出にす。生を得たりといひがたし。飲食声色を楽むといへども、欲多く節なくして、かへりて身をそこなひ、楽いまだつきざる内に、憂はやく来る。愚者のしわざかくのごとし。
現代語訳
人生のこの一日が二度と得がたいことを知って、その時々になすべきことをつとめて怠らず、日々この生を楽しんで憂えず、よくつとめ、よく楽しむ人は、一日を一月とし、一年を十年とし、十年を百年とします。つとめと楽しみとをもって身を終えます。知恵ある者のしわざはこのようです。つとめと楽しみを知らない人は、たとえ百歳の長寿を保っても、いつも怠って、一生の間に何も成し遂げた善事がありません。これはつとめないからです。いつも憂い苦しみが多い。これは楽しまないからです。このようであれば、人と生まれたかいがありません。ただ生きていることだけを思い出にするようなもので、生を得たとは言いがたい。飲食や声色を楽しむといっても、欲が多く節度がなくて、かえって身をそこない、楽しみがまだ尽きないうちに、憂いが早くやって来ます。愚かな者のしわざはこのようです。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『大和俗訓』巻之四・心術下礼記に、君子は道を得ることをたのしみ、小人は欲を得ることを楽む。道を以て欲を制すれば、たのしみて迷はず、欲を以て道を失へば、迷ひて楽まずといへり。君子は常にたのしみて日をおくり、小人は常にうれひて日をおくる。衰老の身は、殊に余日すくなければ、一日を以て一月とし、一月を以て一年とする工夫をなすべし、一日一時も楽まずして、あだに時日をおくるは、愚なりといふべし。
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『楽訓』巻之上・総論一人もしいとまあらば、心のどけく閑にし、日を永くして、いそがはしかるべからず。殊に老ては残れる齢やうやく少なく、時節のすぐる事殊に早ければ、時刻ををしみて、一日を以て十日とし、一月を以て一年とし、一年を以て十年として楽むべし。楽まずしてあだに月日を暮して、後に悔ゆべからず。
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『楽訓』巻之上・総論一人の命は限りあり、ひいて長くしがたし。限りある命の内の光陰ををしみ、楽みて月日を送るべし。しばしが間も、益なき事をなし、ひが事を行ひ、楽まずして、空しく過すべからず。況やうれひ苦み、怒りかなしみて、楽を失ふは、愚なり。なす事なく楽まずして、月日を空しく過さば、千年を経ともかひ無かるべし。
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『慎思録』巻之二古詩に曰く、四時更々代謝し、日月遞に差馳す、と。蓋し歳月の過ぎ易きを言ふなり。況んや暮齢に到りては、光陰征箭の如く、時節流水の如し。衰残の軀、楽しみを取るの工夫は、須らく一日を以て十日と為し、一月を以て一年と為すべし。若し然らざれば、縦ひ幸ひに天百年を仮すと雖も白駒の隙を過ぐるが如きのみ。残喘須臾の際、苟も徒爾にして身を終へなば、悔恨噬臍すと雖も、何の益か之有らん。
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『大和俗訓』巻之二・為学下一ふたたび生れ来るべき頼なき此世の間なるに、天地人のいたれる道を学んで楽しまんこそ、生けるかひありて、身終る時もうらみ無かるべけれ。我が身の私慾にくるしめられ、世俗のいやしき習はしに迷ひて、人の道を知らずして一世を終らん事、かへすがへす口をしと思ひ、かねて心を用ふべし。
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『大和俗訓』巻之七・躬行下一終日つとめつとめて、夕にいたりてもおそれつつしむは、易の教なり。天道は日夜めぐりて止まず。これを手本としてつとむべし。古人は、つとに起きよはにいねて、日夜つとめし故、其しるしあり。一古語に、一生のはかりごとは務にありといへり。つとめざれば万の事行はれず、身を立つる事かたし。又一生のつとめは、若き時にあり。人の身を立つるはかりごとは、三十歳の内に覚悟すれば、一生の家業成立つ。其内覚悟なく怠れば、一生立ちがたし。一年のはかりごとは春にあり。春の間怠りぬれば、一年のこと成りがたし。一月のはかりごとは上旬にあり。朔日より十日までの内につとむれば、一月の事成りやすし。十日の間に、すゑ二旬の日数を頼みて怠れば、其事成就しがたし。一日のはかりごとは朝にあり、朝に一日の間の事をよく考へ定め、早くつとむれば捗ゆく。若朝の間おこたれば、一日のつとめ捗ゆかず。又明日のはかりごとは今夕にあるべし。明日のことを、明日はからんとて、今日定めざれば、つまづきて捗ゆかず。
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