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楽訓 / 巻之上・総論

もし此理を知れらば、身の上につきて樂み、外を願ふべからず。貧賤にしても、患難にあひても、時となく所として、樂あらずといふ事なかるべし。坐には坐の樂あり、立には立の樂あり、行にも、臥にも、飮食にも、見るにも、きくにも、ものいふにも、樂あらずといふ事なし。樂はもとより心に生れつきて、身にそへるものなればなり。されど此樂を知りて樂む人すくなし。理くらければ樂を知らず、欲ふかければ樂をうしなふ。

新字:もし此理を知れらば、身の上につきて楽み、外を願ふべからず。貧賤にしても、患難にあひても、時となく所として、楽あらずといふ事なかるべし。坐には坐の楽あり、立には立の楽あり、行にも、臥にも、飲食にも、見るにも、きくにも、ものいふにも、楽あらずといふ事なし。楽はもとより心に生れつきて、身にそへるものなればなり。されど此楽を知りて楽む人すくなし。理くらければ楽を知らず、欲ふかければ楽をうしなふ。

書き下し

もし此理を知れらば、身の上につきて楽み、外を願ふべからず。貧賤にしても、患難にあひても、時となく所として、楽あらずといふ事なかるべし。坐には坐の楽あり、立には立の楽あり、行にも、臥にも、飲食にも、見るにも、きくにも、ものいふにも、楽あらずといふ事なし。楽はもとより心に生れつきて、身にそへるものなればなり。されど此楽を知りて楽む人すくなし。理くらければ楽を知らず、欲ふかければ楽をうしなふ。

現代語訳

もしこの道理を知ったならば、自分の身の上に即して楽しみ、外を願ってはなりません。貧賤であっても、災難にあっても、いつでもどこでも楽しみがないということはないでしょう。座っていれば座る楽しみがあり、立てば立つ楽しみがあり、歩くにも、横になるにも、飲食にも、見るにも、聞くにも、ものを言うにも、楽しみがないということはありません。楽しみはもともと心に生まれつき、身に添っているものだからです。しかしこの楽しみを知って楽しむ人は少ないのです。道理に暗ければ楽しみを知らず、欲が深ければ楽しみを失います。

解説

『中庸』に「君子は其の位に素して行い、其の外を願わず」とあり、富貴には富貴、貧賤には貧賤、患難には患難に即して行うと説かれます。益軒はこれを楽しみの面から語り、座るにも立つにも、食べるにも話すにも楽しみがあると言います。楽しみは特別な場所ではなく、今の自分の暮らしの中にあるのです。病気や失業などで思うように動けないときでも、できることの中に小さな喜びを見つけることはできます。道理を知り、欲を減らすことがその鍵です。

この章句が説くこと

楽しみ中庸欲道理日常

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