論語 / 雍也篇
子曰:中庸之為德,其至矣乎!民鮮久矣。
新字:子曰:中庸之為徳,其至矣乎!民鮮久矣。
書き下し
子曰わく、中庸の徳たるや、その至れるかな!民、鮮(すくな)きこと久し。
現代語訳
極端に走らず“程よさ”を守る中庸は最高の徳だが、実践者は少ない。
解説
偏らず程よいところを保つ「中庸」という徳こそ、この上ないものだ。しかし、それを実践できる人は長い間ほとんどいない、と孔子は嘆いています。中庸とは、事なかれ主義で真ん中に逃げることではなく、両極端のどちらにも偏らず、その時々に応じた最も適切なところを見極めて選び取ることです。これは簡単そうに見えて、実はとても難しい生き方です。たとえば子育てで、厳しくしすぎれば子どもの心が萎縮し、甘やかしすぎれば我がままになります。夫婦や友人との付き合いでも、何でも譲ってしまえば自分を失い、譲らなさすぎれば関係が壊れます。どちらか一方の考え方に決めてしまえば楽ですが、それでは物事の実際に合わないことが多いのです。状況をよく見て、その都度ちょうど良いところを探り続ける。この地道な姿勢こそ、孔子が最高の徳と呼んだものの正体です。
この章句が説くこと
中庸意思決定バランス客観的判断柔軟性
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