楽訓 / 巻之上・総論
一君子は足る事を知り、貪なければ、身貧しけれども心富めり。古語に、知足者は心富めりといへるが如し。小人は身富めれども、心まどし。むさぼり多くして、あきたらざればなり。然れば唯此樂を知りて、貧賤を安んじ、富貴を願はざる計をなすべし。老いてはいよいよむさぼらず、足る事を知りて、貧賤を甘んずべし。
新字:一君子は足る事を知り、貪なければ、身貧しけれども心富めり。古語に、知足者は心富めりといへるが如し。小人は身富めれども、心まどし。むさぼり多くして、あきたらざればなり。然れば唯此楽を知りて、貧賤を安んじ、富貴を願はざる計をなすべし。老いてはいよいよむさぼらず、足る事を知りて、貧賤を甘んずべし。
書き下し
一君子は足る事を知り、貪なければ、身貧しけれども心富めり。古語に、知足者は心富めりといへるが如し。小人は身富めれども、心まどし。むさぼり多くして、あきたらざればなり。然れば唯此楽を知りて、貧賤を安んじ、富貴を願はざる計をなすべし。老いてはいよいよむさぼらず、足る事を知りて、貧賤を甘んずべし。
現代語訳
君子は足ることを知り、むさぼる心がないので、身は貧しくても心は富んでいます。古語に「足るを知る者は心が富んでいる」と言うとおりです。小人は身は富んでいても、心は貧しいのです。むさぼりが多くて、満足しないからです。ですから、ただこの楽しみを知って、貧賤に安んじ、富貴を願わないように心がけるべきです。年老いてからはいっそうむさぼらず、足ることを知って、貧賤に甘んじるべきです。
解説
「足るを知る者は富む」は『老子』第三十三章の言葉として知られます。益軒は儒者ですが、このような古語を広く引いて、心の豊かさと財産の多さは別物だと説きます。どれほど持っていても満足しない人は、心が貧しいままです。特に老後はむさぼらず足るを知れ、という勧めは、81歳の益軒自身の実感でもあったでしょう。持ち物を増やすより、今あるものに満足する力を養うことが、年を重ねるほど大切になります。
この章句が説くこと
知足富欲老い心
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